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約束

美人で気が利き心根も優しく、
社内の誰からも慕われていた同期のKは
当時かなり頭を悩ませていた。

結婚目前だった彼から
プロポーズされたのと同時に、
過去に思いを寄せていた男性からも
突然告白をされたのだと言う。

それはまた結構な…と
半目になって話を聞けば、
プロポーズの彼はとにかく一途で思いやり深く、
対して昔好きだった彼は何もかもが
Kの好みで近くにいると
磁力が発生するほど強く惹かれるのだとか。

想われる方を取るか。
想う方を取るか。

「ねぇ、どっちが良いと思う?」

喫茶店に呼び出されて相談されたことが
あったけれど、答えは出なかった。

結局どちらの彼を推しても
「そっか、そうだよね…でも…」
とKが迷い続けていたからだ。
5時間も居座り続けてマスターは
明らかに不服顔だった。

その後しばらく悩んでいたと思ったら、
Kは唐突にどちらの彼ともすっぱり
縁を切り、会社も突然辞めてしまった。

数年後に送られてきた写真付きハガキで
全く別の男性と結婚したことを知った。
彼女は今、2人の子どもに恵まれて大らかに暮らしている。

・・・・・

いつだったか、Kに遠い将来
作家になるのが夢なのだと
語ったことがあった。

「いつか私のことを小説にして」

Kは目を潤ませながら私の手を取り、
私は黙ってしっかりと頷いた。
あの時の約束はまだ果たせていない。

それは、あの時の彼らの名が
「小俣君」と「尾結君」
であることに由来している、と
個人的には思っている。
読みについては、どうか
お察しくださいますよう。

Kの判断は、ある意味賢明だったと今でも思う。


薫。
あなたの幸せがこれからも長く続くことを、
私は心から願っている。

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