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第10回 プロカウンセラーの積読打破 カウンセラーの基本に返る。河合隼雄『こころの処方箋』




カウンセリングを広めた立役者

日本におけるカウンセリング文化の基礎を作った河合隼雄。文化庁長官を務め、臨床心理士資格の設立および発展に寄与した人物です。日本人のJung派分析家の第1号であり、分析心理学に基づく心理療法およびスイス留学中に学んだ箱庭療法の普及にも努めました。スクールカウンセラーが日本で広まったのは、河合隼雄の貢献が大きいといえます。

私のような中堅以上のカウンセラーにとって河合隼雄は、臨床心理学を勉強する上で欠かせない人物ですが、彼が亡くなって15年以上過ぎた現在、若手の臨床家では読んだことがない人もいるようです。

河合隼雄の著書は心理療法の専門家以外にも広く読まれており、今回取り上げる『こころの処方箋』は現在も版を重ねています。河合隼雄の思想を再考し、現代の人にも読んでもらいたいため、今回は『こころの処方箋』を紹介します。ぜひ「河合隼雄らしい物言い」を体験して頂きたいと思います。
臨床心理の黎明期を支えた人物がどのような言葉を紡いだのか、どうぞご覧ください。


人のこころは分からない

河合隼雄が活躍したのは、Jung派の分析家資格を受けて帰国した1970年前後から亡くなる2000年代前後までです。
1970年代には人間の心を対象とした心理学やカウンセリングはすでに日本で行われていました。そのなかで河合隼雄は心理学をどのように臨床実践に活かすかを重視していました。クライエントに資する心理臨床の実践とは何かというテーマです。それを考えたとき、どのような心の状態か説明することを主軸とした「わかる」心理学ではなく、彼は「わからないこと」が大切だとします。河合はこのように言います。

人の心がいかにわからないかということを、確信をもって知っているところが、専門家の特徴である

河合隼雄 1992/2000『こころの処方箋』新潮文庫  p.10


「心を学問的に究明する」ことが心理学といえます。しかし心理療法を実践する立場から考え、河合は「わからないこと」が大切だと主張します。「分からないことに確信を持つ」のが専門家だとします。河合隼雄は心理検査であるロールシャッハテストを学ぶために心理学の領域に入ったという経歴があります。いわば「いかに心をわかるか」を追求して心理学を学んだにもかかわらず、逆説的に「わからないことが大切」というのです。

カウンセリングの実践から考えると河合の言説は「たしかにそうだろう」と頷けます。クライエントは自分の内面を理解してほしい、という思いを抱えると同時に「わかるわけない」という現実を知っています。それは簡単に「こころの悩みを解決する方法はない」ことを実感しているからです。
もしカウンセラーが、こころの悩みについて「こうすれば解決します」というアドバイスをするとどうでしょう。自分の悩みが楽になるかもしれないという淡い期待を持つ人もいるかもしれませんが、試してみても多くの場合、問題は解決せず、しばらくすると「やっぱり解決しない」と失望を味わいます。カウンセリングでは簡単に「わかること」は危ないのです。

河合は続けて言います。

速断せずに期待しながら見ていることによって、今までわからなかった可能性が明らかになり、人間が変化してゆくことは素晴らしいことである。しかし、これは随分と心のエネルギーのいることで、簡単にできることではない。むしろ、「わかった」と思って決めつけてしまうほうが、よほど楽なのである

河合隼雄 1992/2000『こころの処方箋』新潮文庫 p.13


カウンセリングを通じて、こころの悩みがわかるのはカウンセラーでなく、クライエント自身です。クライエントが自分の悩みについて深く理解したときに、こころは変化します。
そしてカウンセラーは「わからないのは何か?」をみることにエネルギーを注ぎます。カウンセラーではない人に相談したとき、悩みの解決を本心では諦めている人、悩み事にかかわりたくないと思っている人ほど、早く結論をつけて「わかった」と答えを出します。しかし安易な「わかった」はあくまで一次的な処置にすぎず、問題の解結にはつながりません。
カウンセラーはクライエントの可能性を見続けながら「何がわからないのか」をみています。「何がわからないのか」をわかるために、正確な見立てをするのです。そのため「この悩みに対してはこのような対応をしたら良い」というマニュアルは作れません。


「心の処方箋」は「体の処方箋」とは大分異なってくる。現状を分析し、原因を究明して、その対策としてそれが出てくるのではなく、むしろ、未知の可能性の方に注目し、そこから生じてくるものを尊重しているうちに、おのずから処方箋も生まれでてくるのである

河合隼雄 1992/2000『こころの処方箋』新潮文庫 p.13


クライエントのこころの中から、自然と生まれてくる可能性をひたすら待つ。やがて出て来た可能性を押し潰さず、育つのを待つ。それがカウンセリングなのです。
 


変化の可能性は否定的な姿で現れる

では、こころの変化とはどのような形で現れるのでしょうか。
それまで悩みを抱えていた方がカウンセリングを受けることで「悩みが軽くなった」「気持ちが整理できた」という感想を述べられることがあります。しかしそれはカウンセリングのプロセスからみると、ほんの入り口です。

「良くなった」と思っても、そのあと「解結の難しい問題がかえって明らかになった」ということがあります。河合は言います。
 

「ふたつよいことさてないものよ」

河合隼雄 1992/2000 『こころの処方箋』 新潮文庫 p.14


どのような出来事でも、良い部分だけで完結することはありません。なぜか良いことの裏側には大変苦しいことが潜んでいたりします。
そして、こころが大きく変化するとき、ほとんどの場合は「悪いこと」がきっかけになることが多い。いいかえると、今まで隠されていたこころの影の部分が明らかになって苦しむ。そして苦しみを超えた先に、ようやく、こころの変容が訪れるのです。そのようなこころの事情をふまえてか、河合は次のように言います。


「ふたつわるいこともさてないものよ」

河合隼雄 1992/2000 『こころの処方箋』 新潮文庫 p.15


良いこと悪いこと含めて、全体のバランスをみる。それが大切なのです。
カウンセラーはどれほど苦しい状況が続いていても、そこにクライエントの可能性が動いていることを、かならず見ています。
むしろ、クライエントの可能性みているからこそ、どのような苦しい状況であっても、変化を待つことができるのです。

河合隼雄の本は、専門家ではない人にも読みやすい記述にあふれています。しかし読みやすさの裏にある、こころと深くかかわるというカウンセリングの実践に裏付けられた、深い意味が込められています。その意味を理解できるのは深く悩んでいる人、そして自分のこころに真摯に向き合おうとしている人でしょう。河合隼雄を読んで、こころを深いところで何かが動き始めた人。そういう人は、ひきつづき河合隼雄の本を続けていくつか読んでみてください。


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