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価値観をひっくり返せる可能性があるのはアートだけ【現代芸術家・神野翼】

2022年8月5日から香川県三豊市の三豊鶴で実施される「酒蔵Art Restaurant」
150年前に作られた歴史ある酒蔵の中に、現代アーティスト23名による作品が展示・販売されるほか、シェフ8名が週ごとにコース料理を振る舞います。

今回は、8月11日(木)〜14日(日)を担当する現代芸術家、神野翼(こうのつばさ)さんをご紹介します!

プロフィール

1978年兵庫県生まれ
大阪府大阪市在住

神戸ゆかりの作家 小松益喜と世界四大アーティスト 嶋本昭三に師事。2001年より現代芸術家として活動。絵画、立体造形物の制作をするだけでなく、その延長線上に身体を使ったアートパフォーマンスを行う。国内外で幅広く作品の発表をおこなっている。

作品制作においては常に原初的な喜びを持って当たる事を心掛けています。人を驚かせる芸術は、芸術そのものが持つプリミティブな喜びに満ちているべきだから。

AU…兵庫県を中心に活動しているアーティスト団体。正式名称はArt Unidentified。前身はアーティスト・ユニオン(Artist Union)という名前で、1960年代に活躍したジャンルを超えたアーティスト達が結集して1975年に結成された。

嶋本昭三…具体美術協会の設立メンバーで、世界4大アーティストに選ばれた芸術家。具体の精神「人の真似をするな。今までにないものを作れ。」嶋本の「人を驚かせること。」をモットーに、2013年に没するまで、歩みを止めることなく制作を続けた。大砲を使って炸裂させて作る大砲絵画作品、瓶詰めした絵具をキャンバスに投げつける絵画作品、ヘリコプターから落下させたりクレーンに吊り上げられ落下し炸裂させて作るビン投げ絵画作品、世界最小芸術1億分の66.7mのナノアート作品、絵具を水面の弧を描くように何重にも落として描く渦巻き絵画作品、作品を破く穴の作品など、創造的なアートを世界にアピールし続けた。

二人の恩師との出会い

ーアーティストになったきっかけを教えてください。

元々、絵を描くのが昔から好きな子どもで、近所でも有名なお絵かき小僧でした。どこ行っても絵を描いているような、ちょっと変わった子だったと思います。

ある日、近所のおばちゃんが「絵画教室やっている画家を知っているから、行ってみたら?」と紹介してくれまして。そこで出会ったのが、画家の小松益喜(こまつますき)先生だったんです。神戸で異人館をずっと描いてた風景画家の方です。

お絵かき教室と紹介されたその場所は、そんな次元ではなく、お弟子さんをとるような絵画研究所でした。そこで、生まれて初めて本物の芸術家を目の当たりにし、憧れを抱いたのが小学校4年生くらいの時です。「天性持った才能がある」と褒められ、「僕は天才なんだ!」と勘違いしたまま今に至ります(笑)

ーAUに入ったきっかけはなんですか? 

その後、進学する大学を選ぶときに、「宝塚造形芸術大学に変な教授がいるよ」と教えてもらって、オープンキャンパスに行きました。そこで出会ったのが嶋本昭三先生でした。普通、学校説明会というのは学校の説明をする場所だと思うのですが、嶋本先生は、ずっとアートの話をしていて(笑)

その中で衝撃を受けたのが、「日本の芸術は世界から400年遅れている」という言葉でした。そんなことを考えたことがなかったのでとてもびっくりして。さらに、「僕についてきたら世界のアートを見せてあげる」と言ったんです。「じゃあこの大学に入るしかない!」と決意し、推薦入試の試験官だった嶋本昭三に「先生に会いに来ました!」と言ったら受かりました(笑)

大学卒業後もそのまま嶋本先生のラボに出入りしていたので、いつの間にかAU に所属していた、という感じです。学生時代に嶋本先生に出会えたのも幸運でしたし、周りにいる他のアーティスト仲間に出会えたのもよかったです。特に大学のつながりが強くて、現在も一緒に展覧会をしたり、お仕事したりしているので、ありがたいなと思っています。

ー現在は作家活動の他に、絵画教室の先生もされていると聞きました。

絵画教室の先生や、専門学校の作画基礎やデッサンの講師、芸術大学の通信制コースの課題添削などをやっています。

最初は絵画教室をするのが恐れ多くて。小松先生くらいの画力で、ちゃんとした絵を描けるようになってから始めようと思っていた時もありましたが、幼馴染の後押しもあって、絵画教室を開きました。自分が子供の時に小松先生のところへ通っていたので、その影響もあるかもしれません。

やはり、アーティスト活動一本で生きていくのはかなり大変です。365日ひたすら作品を作り続け、展覧会に出し続け、絵を売り続けるというのはとんでもないバイタリティだなと思います。個人的には商売は苦手でして、教える方が向いているなと(笑)

絵を教えるのが楽しいんですよね。生徒と一緒に成長できる、というのが好きです。特に専門学校は毎年新しい生徒が入ってきて、同じことを一からやり直すカリキュラムになるんですが、これが自分にはまりました。同じことを繰り返す仕事ですので、嫌になってやめてしまう人も多いのですが、これは、「常に自分を刷新していって、価値観をアップデートするのが作家の仕事」なので仕方ないことかなと思っています。一方、希望に満ちた若い学生と一緒に、1から作品をビルドアップしていくのが自分にとっては刺激的なことでした。

やはり、好きなことで生きていけるのは楽しいなと思います。そこに至るまでは大変ですけど…表現したいことがあるのであれば、それは続けておくのが一番大切なことだと思います。継続は力なりですね。諦めないで好きなことをやっていれば、誰かが見てくれることも出てくると思います。

構造的なリズムと個体的なリズムによって支えられる自分の身体性

ーこれまで制作してきた作品のコンセプトやジャンルは何になりますか?

実は、作家性があまりないんです。代表作がなく、平面や彫刻、お面、身体表現(アートパフォーマンス)など、いろんなことをしてきてたので、1つのところに軸を置いているわけではないんです。

ですから、作品のコンセプトはその時の環境や状況によって変わっていくことが多いですね。強いて言うなら、「身体を使って何かする」というのが自分の作風かなと思っています。コンセプトも変わっていくことが多いのですが、それを組み立てる上での土台となるテーマは、「自分の身体性」です。「自分の身体性を損なわない」ように意識しています。それを支えるのが「構造的なリズム」と「個体的なリズム」の両輪です。

人間の体というものは、そもそも構造的なものなんです。おおよそ270本くらいの骨があって、遺伝子で決まっている設計図通りにその骨が組み合わさっています。その上に筋肉が癒着して、内臓や筋膜があって…どちらかというと建築物に近いくらい、理屈が通っているんですよね。どこをどう動かせば、どういう作用があるのかが必ず決まっていて、これは人種も性別も年齢も問わず同じです。

その上で、個別の顔とか認識できるように、個体性がちゃんと保たれています。構造的ではあるけれども、表層的には個体性が滲み出ているんですね。その人にしかない表情、外見上の特徴、性格、考え方…

人間の体というのは、構造的なものと個体的なもので成り立っています。
自分の中の表現にも、2つが必ず合わさってできているんだな、と考えながら制作しています。

今回ペイントした樽の作品について

ー今回ペイントしていただいた樽の作品について教えてください。

自分は確固たる作家性がないので、その場の環境に左右されるのですが、ではどんなことをやっているかというと、「鏡みたいな存在」であろうと意識しているんです。相対する現象と同等でいたいと思っていまして、写鏡(うつしかがみ)のような存在になることを意識することで、その場所にしかない作品を作れるのかなと考えています。それが、見てくれる人との繋がりに強い力を発揮するのはないかなと。

三豊鶴の古い建築の中で、長年お酒を作ってきた歴史を踏まえて、「樽の中にあるのはなんだろう」と考えました。その結果、幻想的ですが、「お酒の精」というか、「お酒を作っている人の気持ちを擬人化したもの」を沈ませるのがいいと思ったんです。覗いて観るのは人間ですから、擬人化させた方が共感しやすいのでは、と。

三豊鶴を見て、勝手に共感した・共鳴したことを自分のアートで表現したらどういう形になるかを考えて描きました。髪の毛が長くて広がっている様子が特徴的ですが、これは引っ張られるような感情を表現しています。髪の毛は死んだ細胞ですが、生きているように絵では表現できます。人物表現において、髪の毛はその人の感情に影響受けるので面白いですね。

今回の展示は「コンシューマーカルチャーガール」

千葉県での展示風景(写真提供:神野さん)

ー今回展示していただく作品について教えてください。

「コンシューマーカルチャー」という考え方を持っていまして、それを体現したのが今回の作品群になります。「消費文化」という造語です。その中のキャラクターが「コンシューマーカルチャーガール(消費文化ちゃん)」でして、キャラクター自体がプロダクトになるというのをコンセプトとして絵画作品を制作しているものになります。絵画の中の人物が身につけている道具を、作品を制作した後に実際の商品として構築する、ということをやっています。

通常は、デザインされた服を身につけた状態で、それをモデルとして人間の絵を描くことが多いと思うのですが、そうではなくて、こちらから先に絵画の中の人物にあらかじめ想像段階のモチーフを身につけさせて、絵画として表出してきたものを、その後に商品化して具現化する、ということをやっています。例えば、(デザインの決まっていない)想像上の缶バッチを身につけたコンシューマーカルチャーガールの絵画作品を先に作り、そこで創造された缶バッチを後から商品化して販売する、という感じですね。

コンシューマーカルチャーガールの絵を見て、そこから作られた商品を購入する、という流れを通ることで、実は、購入者は「消費するのではなくて消費させられているのでは?」という問いかけになっているんです。絵画は、作家が作って購入者が買う、という観点で一つの商品ですので、消費活動の枠組みに入りますよね。本来は「消費するものとして存在している」絵画ですが、コンシューマーカルチャーガールは(絵の中の缶バッチなど)別のものを生み出しているので、購入者がその缶バッチを買って、身につけるということは、「消費させられている」のではないかな、と。
面倒臭いですよね(笑)

千葉県での展示風景(写真提供:神野さん)

ーこれまでにない、不思議な感覚になりそうです!

想像力がないと成立しないのが問題ですかね(笑)僕が言っていることに、乗っかってもらわないと成立しないので、無茶苦茶な表現方法かもしれません。このコンセプト自体は脆弱かなと思っています。

でも結局、今の社会全体が脆弱だなと思っていまして。アートは普遍的なものである、と言う主張がありますよね。例えばギリシャ彫刻とかは人類の遺産になってしまって、価値の測れない、値段のつけられないものになっていると思います。それこそ普遍的なアートだと。
自分の作品は、この世から無くなってしまっても大きな損失にはならないし、お金に変えられます。この理論で言うと、まだ自分の作品は普遍的なものになっていないんだな、とも思うわけです。そういう意味では、普遍的なものを目指すのではなく、揺らぎがあってもいいのではと考えています。

例えば、めちゃくちゃ頑張って1枚1円の絵を1億枚描いて販売したら、1億円になるわけですよね。「アートを買うのではなく、紙幣として流通させれば、それが資産になるのでは?」とも考えていて。AIに「神野翼っぽい絵を描く」ことを覚えさせて、自動生成し続けさせてひたすら1枚1円で売る、そしてそれがお金の代わりに流通し始めたら面白いなと思ってます。アートの価値がそのままお金に直結すれば、自分の生活に困らないなと思って(笑)
消費できるもの・消費させられるものをアートに組み込めたら、もっと社会の中に根付かせて、見たり聞いたり、支払ったりできるんだろうなと。「アートの枠組みを解体できたらいいな」と考えているんです。

三豊鶴に、昔のままのお酒のラベルやキャップなどがたくさん残っているのを見て、「これはそのまま商品になる!」と思いました。これを作品に組み込めたら、アートとしての価値づくりもできますし、三豊鶴のブランドとしての価値づくりもできます。

アーティストの仕事は、「価値観を見出すこと」だと考えていて、新しい価値観を表出させ続ける・作り続けるのがアーティストの役割です。
そもそも論、「価値観は変えられないもの」だと思っています。むしろ、価値観がコロコロ変わる人は信用できない。ただし、「価値観をひっくり返せる可能性があるのはアート」であるとも思っていて、貨幣にしろなんにしろ、自分を超えて、新しい価値観を考えたり、提示したりする仕事がアーティストなんだと思っています。

ご来場いただく方へのメッセージ

アート好きな人に見てほしいと思っているのが第一にあります。
また、特に三豊鶴では「場」について考えながら、どうアートが寄り添っていけるかを試行錯誤したので、地元の人や「三豊鶴っていいよね」と思っている人に来てほしいとも思っています。その感情を裏から支えられる、強度のある作品を作ろうと思って頑張ります!

「三豊鶴ってこういう表現もあるね」ということを提示できたらいいですね。三豊鶴が好きな人に来てもらって、ついでに私のことも好きになってもらって(笑)。絵を買って帰ってほしいです。
空間が、地域が好きな人、須田地区に住んで生活している人、特に若い人が来てくれたら嬉しいです!

また、12日には吉本興業所属で観音寺市ふるさと応援大使のたいぞうさんとギャラリーツアーを実施します!12日12:00~13:00と、14:00~15:00の予定です。ぜひこの機会に足を運んでください!

三豊鶴「酒蔵Art Restaurant」とは

皆様のお越しをお待ちしております!