「電車の中の懲りない面々」

 長年片道2時間の電車通勤をしていると、色々な人に出くわす。一日平和に終わる日はホッとするが、時々朝からやめてよ~と言いたくなってしまうこともある。
 途中の駅で各駅電車を降り、向かいの行列に加わってあとから来る無人の連結電車を待つためにドアのガラスに白い息を吐きながら立っている。なるべく早く降りて行列の前に行きたいのだ。一つ前の駅で最後に乗って来た恰幅のいい男がこちらを端へ押し出すようにドアの中心に立とうとする。せっかくのポジションをとられたくないので、こちらも頑張って真ん中付近を死守しようとすると、次の瞬間そのカップク男、いきなりガラスのドアを手の平でパンと叩き、「まんなかに立ちやがって、じゃまだ」と大きな声で言う。これを、こちらはひそかに激情タイプ、と呼んでいる。同じ意思を持ってお互いその場にいるのだから、じゃまはお互い様である。それを一方的に激高して非難するのはおかど違いだ。「朝からやめましょうよ」とひとこと言って、あとは無視する。
 一人ぶつぶつ話す説教タイプ、というのもいる。例の駅で連結電車が入って来てドアが開くや、行列を作っていた人々が電車の中へ空席を求めてなだれこむ。この時こちらは列の後ろの方だったので、けっこう必死に車中に入った。空席をめがける途中、すでに乗って座っていた女性の足にぶつかってしまったの、かもしれない。やれやれ、座れてよかったと胸をなでおろしていると、細面のやせたこちらより年上のスーツ姿が、「ちゃんとあやまらないとダメだよな、朝からこんなこと言われたくないだろうがな、気分悪くなるだろうがな、人の足踏んだら、ちゃんとあやまらないとダメだよな」と、隣からこちらに顔を向けてくる。何なのだろう。こうして人に説教するのが趣味なのだろうか。しつこいので、「朝からやめましょうよ」とひとこと言って、あとは無視する。
 勘違いタイプ、これは女性に多いようだ。(こういう言い方は今のご時世ではまずいかもしれないが、自分が遭遇したこのタイプの男性はいなかったのでご容赦願いたい)これは駅のホームの売店でのことだが、前に何人か女性客がいたので、こちらの求めるものがあるか、女性の後ろから少し体を左に曲げて品物を探していた。その瞬間、その女性がこちらを向き、「いやな感じ」とひとこと言って、怪訝な表情を向けてきた。最初は何なのかわからなかった。こちらは、ただ品物を探していただけなのだ。
 少し混んでいる電車が揺れ、つり革には掴まっていたものの、急な揺れだったため少し体が後方に揺れてしまい、後ろの人に少しだけぶつかった。ごめ、、といいかけたところで、急にこちらのお尻になにかがぶつかって来た。後ろを振り向くと、そこに立っていた若い女性がきっとした顔でこちらを見ているではないか。わざとこちらが変なことをしたとでも思ったのだろうか。
 そんな経験もあり、ちょうど痴漢冤罪が増えているというニュースも目にしてからは、満員電車ではなるべくドアに体をつけて外を見て両手をガラスにつけて立つようにしている。
 自業自得タイプというのもいる。ジャンパー姿で、少し顔が赤かったのでアルコールがはいっていたのかもしれない。少し混んでいたが、座っていたその赤ら顔は、周りを見渡しては、「だめだよ、電話しちゃ」と携帯やスマホを持っている人に注意していた。「おい、そこの人もだめだよ」ちょっとしつこいな、とそれを見てこちらは思っていた。そして、赤ら顔が真ん前に立っている若い男にも同じ注意をした瞬間、「うるせえんだよ」若い男の拳が赤ら顔の顔面に当たり、赤ら顔の鼻からは血が滲んでいた。さすがに少し同情したが、しゅんとして静かになった男はそのまま首をうなだれたままだった。
  こういう話をしていても、自分だって懲りない面々になってしまう危険性はないことはないのでいつも自戒してはいる。
 色々なタイプの中でも一番迷惑なのは、けんかふっかけタイプだろう。たぶん憂さを晴らしたいのだろうが、前に座った人に何かと因縁をつけてくる。つけられた方は、席を変わればよいのに、若いのに限って「なんだと、この野郎」と相手になるから始末が悪い。ある時、同じ車両の後方が騒がしいので何だろうと見ると、複数の駅員に男が抱えられ、車外へ出るところだった。よく見ると、どこかで見た同じ顔。
 電車の中の懲りない面々は、本当に懲りないのである。

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