「ローマの河童(カッパ)」


 西ヨーロッパぐるりの旅の最後はナポリから北上したローマだった。ユーレイルパスもちょうど切れる日に着いた。初めての長期海外滞在旅行の終着。「ローマの休日」の舞台を訪ねるのはゆっくりと後にして、まずはホテル探し。ブラブラと散歩がてら歩いていると、目についたのが、マクドナルド横のホテル「Paris」の文字。入って行くと、フロントのヒゲのおじさんがこちらを見て、「カッパ、カッパ」と盛んに繰り返すではないか。何なんだ、イタリア語にそんな単語があるのか。海外にいると、周りの意味不明の現地語の中で突然聞こえる日本語がある。本当は日本語でなく、それとよく似た現地語なのだ。だから、最初は同じ類だと思ったのだが、けっこうしつこくその「カッパ」を繰り返した後で、何か下の方を探っている様子。そして、一冊の小さな本を手に、また「カッパ」と大きな声。渡されて見ると、それは日本の文庫本で、なんと妹尾河童の「河童が覗いたヨーロッパ」だった。たぶん日本の旅行者が置いて行ったのだろう。
 なんとなんと、もうけっこう日本のしがらみが懐かしくなってきたあたりで、こんな本に遭遇できるとはと、これも何かの縁と妙に自分を納得させ、少し高い気はしたが「まいいや」と、まとめて四泊分を決めてしまう。
 このシリーズは好きで、インド版なども含めて読む、というか見るというか、けっこう繰り返してページを繰っていた。そして、彼を真似してこの部屋を真上から見たらどんな感じになるのだろうと実際にボールペンを動かしてもみた。なかなか本家のように上手には描けなかったが、それは仕方ない。
 今、その時描いたスケッチを見ると、下手だがけっこう興味深い。ルームナンバー34とある。ドアを開けると、左にトイレがあり、右にシャワー室。そして正面に鏡の付いた洗面台と左にビデが並んでいる。うう、過去に戻り、ほんとのとこを確かめてみたい。この絵にはベッドがないではないか。それとも、ベッドに腰かけながらでも描いたのでそれを画き忘れでもしたのだろうか。
 これは何だと思ったのが旅行中に色々な所で見たビデで、最初は何だか分からなかった。日本には絶対にないものだ。絵にはビデと記入してあるので、この絵を描いた時にはもう知っていたのだろう。
 今調べると、17世紀にフランスで作られ、初期のものは木製だったようだ。洋式便器とは逆の向きで使い、その時の形から「仔馬」を意味する名がつけられたという。女性器を洗うのが本来の目的だったのだが、そのうちに肛門を洗うようにもなったのだろう。そして、それは何と日本の温水洗浄便座と基本的には同じなのだ。たしかにそれには「ビデ」のボタンもあるのだ。日本のそれを海外にいる親におみやげとして買い、親が喜ぶようなテレビ番組も記憶にあるが、それは純粋に日本発祥のものではなかったということ。
 翌日、ここは二つ星なので朝食に期待していたのだが、一つ星と同じティーとパンだけ。星の数もけっこういい加減ではある。
 そしてこのホテルを起点に、ローマを堪能した日々は本当に楽しかった。もちろん「ローマの休日」舞台の訪ね歩き、バチカン、システィナ礼拝堂のミケランジェロ、パンテオン、コロッセオetc。コロッセオでは石の上に腰かけて下にある遺跡を眺めていたのだが、係りの人に注意された。ここに座るな、と。今から思うと本当に失礼なことをしたと反省しきりだ。
 そしてローマ最後の朝、例のヒゲのおっちゃんに「この辺にいいおみやげの店ない?」と聞くと、フロント前のガラス棚を開けてキーホルダーを見せ、そしてどこかへ行って戻ってくると幾つもの小さな箱。中には多種多様のペンダント。どちらも触手動かず、思い切り笑顔で「ノーサンキュー」と言って、ホテルを後にした。
 今もまだあるのかな、あのホテル。もしあるのなら、もうだいぶ時が経ったけれど、もう一度泊まってみたい。あの時のルームナンバー34へ。
 もうあの時のヒゲのおっちゃんは、とうにいないだろうけれど。

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