アイちゃん(仮名)と私④ ◆アメブロからのお引越し記事◆
この記事↓の続きです。
2月初旬、
アイちゃんのお焼香へ行って数日後。
お母さまから、香典返しが届いた。
一般的な香典返しのほか、
野菜や粉末スープ、レトルト食品などが
たくさん詰まった段ボール。
それはまさに、
『一人暮らしの娘に送るためのもの』で、
私の心はあたたかく、とても切なくなった。
その中に小さな白い封筒が入っていて、
なんだろうかと開けてみた。
アイちゃんがよく身につけていた
ペンダントだった。
それを手にした時の、
私の気持ち……というか、感覚。
ち が う な 。
とてもハッキリと、そう感じた。
一字一句、脳に刻まれるようだった。
そのことに私自身が、とても戸惑った。
「あの子のペンダントです。
良ければ使ってやってください。」
というお母さまの手紙を読んだ後では、
そのご好意を無下にしているようで、
なおさら自分が怖かった。
違うってなに?
自分に聞いてみたけど、あのハッキリとした感覚が私に答えることはなかった。
でも、
私がこのペンダントを持っていることも、
彼女の代わりにこれを身につけることも、
なにかどうしても『違う』んだ。
それだけが分かった。
結局どうしたら良いか決められず、
いったんそのペンダントをただ仕舞っておくことにした。
***
そして、5月のアイちゃんの月命日。
この記事でも書いた、
私が関西に移住するキッカケになったツアーの参加メンバーで、彼女を偲ぶ会をした。
我が家にて、思い出の写真を
PCのスライドショーで映しながら。
お花を生けたり、
キャンドルをつけたり。
簡単にその場で調理したり、
持ち寄ったご飯を食べて、
アイちゃんの話をした。
一緒にあそこへ行ったよね。
楽しかったね。
あの時はちょっと困ったね。
今どんな感じでいるのかな……。
その流れで、
私はあのペンダントのことを2人に話した。
そしてペンダントを手渡すと、
その友だちは言った。
「うわぁ! アイちゃんやー!これ!」
それからしばらく、
何かを感じているように黙った。
不思議に思っていると、感覚の鋭い彼女は、
ゆっくりと言った。
「これ……。森に、還してあげたら。」
その言葉を聞いた瞬間、
またあの強い感覚がきた。
そ う だ 、 そ れ が い い ん だ 。
海でも山でもない、森というワードが
すごくしっくりと馴染んだ。
そして何より、私はその会の翌々週に、
屋久島に行くことになっていたから。
***
そして屋久島で、
ガイドさんにもこのことをお伝えしてみた。
友だちをこの1月に亡くしたこと、
お母さまからペンダントが送られてきたこと、私の違和感のこと、
ある友だちがこのペンダントを
「森に還したら」と言ってくれたこと、
そうしたいと思ったこと。
だからこのペンダントをどこか、
屋久杉のある森に埋めてあげたいと。
すると、そのガイドさんは言ってくれた。
「そうしてあげてください。
このペンダントもきっと、
森に連れて行ってくれる人のところに
来たんじゃないですか。」
その言葉で、私のなかにほんの少しだけ残っていた罪悪感(お母さまのお気持ちを無下にすることになるかも)が消えていった。
お母さまのしたことが間違っていたというわけでは、もちろん全くない。
お母さまは、ただ私にこのペンダントを渡したかった。そして、それは叶ったんだ。
それから私がこのことをどう扱うか、
心にわだかまりなく決める瞬間がきた、
ということ。
だから、案内してもらったひときわ大きな
屋久杉の根元に、私はそのペンダントを
埋めることができた。
1月末に行ったお見舞いで、
渡すはずだったカーネリアンも一緒に。
ここでなにかひとつ、
自分のなかで終えることができた。
そう思えた。
***
今もたまに、アイちゃんのことを思い出す。
すると、最後にはあの大きな屋久杉の根元に
ある、ペンダントとカーネリアンを想うことができる。
だからこの一連の流れはきっと、
良かったことなんだと、そう思えるんだ。
***
アイちゃんと私の話を、ここまで読んでくださってありがとうございました。
ブログを通して何名かのお友だちから、
ご連絡もいただきました。
はじめは、なぜこの話を書きたいと思ったのか、書いていいものなのかも分かりませんでしたが、
きっと、私が彼女のことを言えずにいた、
いろいろな人にお知らせする時期だったのかなと思えました。
やっぱり、自分のなかで完結できないことのヒントは、人がくれますね。感謝します。
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