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Stones alive complex (Blue Apatite)


集合的無意識図書館の司書は透け透けの藍色ワンピースが良く似合う小柄で、クリッとしたつぶらなカメラアイと、その下にある年齢測定用スキャンビームの穴が泣きボクロに見える色っぽいアンドロイド娘だった。

細いフォルムのアームを、図書館の奥へと向け、

「あなたが読みたいのは他の男性と同じく、
『令和末期における少子化緊急対策全記録』か、
『プラトニックカーマスートラ』
でしょ?
それならあっちの、R18って赤で書かれたドアを開けた先のジャンルよ」

彼女が、気を利かせた決めつけで聞いてきた。

僕はちょっと考えた。
そっちも、かなり興味深い。
いやいや待て待て、本来の調べものが優先だ。

「ええと・・・
まさかとんでもない!違うよお!
もっと真面目な本だよ。
『2030年代の気象変動白書』
と、
『切羽つまってからが上達するエクストリームクンダリーニ覚醒法』を頼む」

「あー。わかったわ。
氷河期を生身だけで乗り切った、あなたの御先祖様たちがどうやったのか?を調べたいのね。
閲覧制限無しのバーチャルブックなら、年齢チェックは不要よ。
この受付ですぐ出せるわ」

にっこり笑った風に口元のスピーカーをすぼめ、彼女はアカシックアーカイブから本のホログラム映像を取り出す。

「これは、語形圧縮を使ってない21世紀当時の日本語文字だから、そのまま読むのは面倒くさいわよ。
ついでに、現代語訳版の圧縮チップも出しましょうか?だいぶ時間の節約になるはずだから」

「昔ながらな読書の手触りを楽しみたいから、
本の形状だけでいいよ」

「いつの時代も、読書好きってページをめくる原始的な作業が好きなのね」

「おっしゃるとおりだね」

「それと。
その本を読んだ人は、この本も読んでます。
『地下シェルター国家崩壊の原因と終焉の記』」

「そっちはいい。
大方の予想通りだったからね・・・
結局は、
君みたいに情報存在になるか、こっちみたいにアストラル体存在になる、が正解だったわけだ。
ご親切に、どうもありがとう」

本を持って、読書コンパートメントへ入る。

その完全防音された青い半透明な立方体の中で、BGMサービスには、お婆ちゃんが生身の頃に好きだったそうなテイラースウィフトを選ぶ。

音楽アーカイブも、アウストラロピテクスの鼻歌まで記録保管されてる人類記憶の充実ぶりだ。

テーブルの辺と平行に本をきちんと置いて、儀式のように神妙に表紙をめくる。手触りの再現性もばっちりで、紙をめくる効果音まで付いている。

僕らの世代は、氷河期明けの準備もしなくちゃいけない。クンダリーニを鎮め逆に肉体を再構成する手法の資料などないから、独自に研究するしかない。
地上の環境が元通りになっても、別にこのままでもいいんじゃないか?という意見が大半だけど、やっぱりこれは肉体的には冬眠状態でしかないと思うんだ。幽体離脱みたいなことしたまんま繁殖してきた系統の子孫は、生活感のリアリティさってやつを、味わったことがない。
それはとても虚しい。

調べものに没頭しようとするけど・・・。

R18エリアを頻繁に出入りする男性諸氏たちがドアをぱたぱた開け閉めする光景に、しょっちゅう注意力をそがれる。

おーい!おまえらも!
肉体が無ければ虚しいだけだろ!

(おわり)

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