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Stones alive complex (Brookite in Quartz)


「あなたのような毛色の方は初めてですよ。
黒い方は、しょっちゅう来られるんですが。
ちなみに当センターの採用方針では、フクロウなら白の方に限らせていただいてますけどね。
では早速、
自己アピールを、どうぞ」

ヒキガエルの面接官は黒縁のメガネを下げ、左右に離れた上目づかいで応募者を促した。

応募者は生まれて初めてしてる、ちゃんと背筋を伸ばす姿勢でパイプ椅子に座り、ずっと緊張の面持ちだ。
丁寧な口調を心がけ、ゆっくりとだがはきはき応じてゆく。

「ご存知のように。
使い魔といえば、猫が一般的で需要が多いのは間違いないと思います。
それに、年老いた猫ほど魔力が高いと言われてるでしょ?そこは最も重要なポイントですよ。
私は人間の年齢に換算すると、御歳356才なんです。
7回生まれ変りの、通算ですが」

彼は無意識に、腰の前で肉球を擦り合わせていた。

「これも御存知かとは思いますが。
まずは、使い魔というものの歴史を再確認しておかねばなりません。
まず、17世紀前後に魔女狩りが盛んになった時代がありました。
これは当時の宗教対立上に、一歩も譲れない意見の相違が生じたことにも原因がありました。
それまでカトリックの尊重を訴える英国聖公会の高教会派とカトリックの騎士党は、意外にも多少は古代の魔術を容認していたらしいのです。多分その宗教的実用価値が、わかっていいたんじゃないでしょうか。
カトリックに対抗する敬虔な清教徒は、魔術をカトリックの延長線上にあるものとも見なして、弾圧しました。
この弾圧により17世紀の到来までに。
容認されていた環境で保護され、究極の魔術クオリティに到達していた本物の魔法使いたちは、完全に地下へ潜ってしまいました。
地上に残った、ぶっちゃけ逃げきれなかったのは普通の人間並みの、近所の者を呪文で助けたり、取るに足らない迫害者へちょっとした嫌がらせ程度の呪いで仕返ししたりするケルト系の魔術をやる魔女たちだけになっていたんです。
そもそも、魔術を操る者がただの人間にあっさり捕まるわけがないでしょう。さっさと人為の及ばない領域へと本拠地を移したんですよ。
だから、魔女狩りで捕まるとしたら、魔女と間違われた可哀想な娘さんか、または魔女の見習いレベルの初心者だったんです」

ヒキガエルの面接官は、仕事がらと両生類の顔面構造がら、こいつの前置きはえらく長いよなという表情はできなかった。

応募者はひと息つき、面接官の態度に負けじと語気を強めた。

「そして!
ここからが肝心な自己アピールなんですけど!
地上に現存している低レベルの魔女が使う猫の使い魔は、扱いが簡単な練習用の黒か白の猫だというわけです。
複雑で高度な魔術ができる魔女を補佐するには、ほんとは複雑な文様柄の猫が必要だったんですよ。
ご覧の通り、この私には。
その複雑な文様の、ブラックマジック系の黒猫、ホワイトマジック系の白猫、両方の色素が混ざっております。
どちらにも対応が可能、
というわけなんですよ!」

面接官は、メガネを吸盤の手で動かして焦点をよく合わせた。

「でも・・・
あなたには、茶色も余分に混ざってますよね?
あなたがされたお話を考慮しても正直なところ、黒オンリーか白オンリーの方が、うちの顧客の魔女さんたちには紹介しやすいのですが・・・」

「お言葉ですが、これは茶色ではありません!」

ぐにゃぐにゃする背骨を、ここぞとピンと伸ばして猫は腹を広げた。

「この色は実は、ゴールドなのですっ!
金運の象徴ですよ!
魔女業もビジネスならば、必要不可欠な魔力でしょう?」

弱気を悟られないように、彼は両生類独特のヌメヌメした圧迫口調にも毅然と対応してきたが、この面接室はヒキガエルのために過剰な数の加湿器が並んだほぼ水槽状態だった。

猫は汗はかかないが、湿り気が水滴として毛からしたたり、冷や汗をかいてるように見えた。

ヒキガエルの面接官は、猫の毛色から話題を変えようと、机の書類へ吸盤を貼り付けた。

「ええと・・・
あなたの履歴書によれば。
経歴のところには、ひとことフリーランスとしか書かれてませんね・・・?」

「ええ。
そうです・・・」

「フリーランスというのは356年間、野良でしたという解釈でよろしいですか?」

「もちろん!
そういうニュアンスで理解していただけたら、たいへん有り難いです!」

ずっと無職ですよね?とはっきり言われるよりは、はるかにマシだった。

「自己アピールに付け加えますと。
これは周知の事実として!
西洋でも東洋でも古代から、最強の使い魔はヒキガエルさんであることは魔術界の誰もが納得しています。生物としては哺乳類よりも魔術の原初パワーに近いですからね!」

このダメ押しのお世辞が通用したかは、定かではなかった。

ヒキガエルは、

「なるほど。
よく分かりました」

淡々と告げ、可能な限りに口を曲げて愛想笑いをつくった。

「では・・・
以上で採用面接を終了いたします。
面接結果は後日、御連絡いたしますので。
どうもお疲れ様でした」

「よろしくお願いします。
本日は、ありがとうごさいました!」

ようやく背骨を本来のカーブどおり大きく曲げられて、応募者は深くおじぎをした。

後日。
『使い魔派遣センター』からの合格通知が、この三毛猫へ届いた。

一夜漬けした歴史の勉強と、でっちあげた仮説が見事に役立ったのだ。

(おわり)

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