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Stones alive complex (Blue Opal)

高原町は、険しい山道が入り組む樹海の奥だった。
メインストリートの獣道に大鹿馬を停めて、彼は木の頂上でイチャつくカップルに道を尋ねた。

その二人は、町長の木の場所など知ったことか!と蔓(つる)を木の幹から離してデートの邪魔者へ振りまわした。

三人めの栗屋は彼を平坦人と勘違いして、初めて見たと興奮し、まくしたててきた。
彼が平坦人みたいに、服を着ていたからだ。
彼は平坦国との大使の仕事では平坦人に化け、人間の街で活動しているせいで、服を着るのが習慣になっている。

たとえ服を着ていたとしても、木肌から伸びる枝の手足や緑の葉が生い茂る頭を見れば、同じ仲間だと分かるはずなのに。
栗屋のはしゃぎっぷりを押し止めて話を本筋に戻すには、何度も栗屋の顔の両側にある裂け目の耳元へと、大声で怒鳴らないといけなかった。ここの住民は総じて耳が遠い。怒鳴られるたびに栗屋は、背中から突き出た枝の先に実ってるトゲトゲの栗の実を落とす。

数えて十六人目というか十六本目の樫の木で、ようやくまともな手がかりをつかんだ。
そもそも、喋れる木と喋れない木との区別がつきにくいので、道を尋ねられる木を探すのもひと苦労だ。数百年も駐在してきた人間界に慣れすぎて、この町でのカンを取り戻すのにも苦労する。

樫の木が教えてくれたとおり。
町長の木は、巨大な門となった崖が並ぶ谷を通り抜けた先にあった。
片方の崖からは、滝が爆撃みたいな水流を落としている。

轟音の飛沫が巻き起こす霧の中に、町長の木が立っていた。

高さにすると、平均的な人間の身長を少し超えるくらいだ。
ほぼ枯れていて、わずかに青みがある葉が数枚頭を覆っている。
数千年前は、天空を支える巨大樹だったその面影はもうない。

目の前に彼が立っても、町長の木はなんの反応もしない。

彼は持ってきた純米酒の一升瓶を傾け、町長の木の根元へ半分ほど注いだ。

「・・・カ・・・カ・・・カ・・・」

木肌のシワにしか見えなかった焦げ茶色の唇が、震えて開き、言葉を発した。

「・・・カ・・・辛口・・・カ・・・ジュンマイノ・・・?
ウマシ・・・ゲキウマシ・・・
ヨウゾ・・・ヨウゾ・・・
・・・ツゲ・・・ツゲヨウゾ・・・
ツゲヲ・・・ツゲヨウゾ・・・」

ちなみにだが。
町長の木は、柘植の木だった。

おそらく数千年ぶりに目覚めのだろう町長の木の口へ顔を密着させ、彼はお告げを聞き取る。

「・・・ド・・・ド・・・
・・・ドクノムシ・・・ハ・・・
ハジマリ・・・ヨリ・・・ニシュルイ・・・マカレ・・・タリ・・・
ヘンイ・・・シタノデハナク・・・
トバヌツヨキムシ・・・ト・・・トブヨワキムシ・・・
・・・チボシノ・・・ナカナル・・・クニハ・・・ムシクイデ・・・キエユキ・・・
・・・キ・・・キ・・・」

彼は、消えゆきの言葉が消えゆくのを年輪の鼓膜で追ったが、とうとう消えゆいた。

沈黙してしまった町長の木を見下ろし、
一升瓶に残る半分の、その半分を根元へと注ぐ。

「・・・キ・・・キ・・・ゲプッ・・・
ダイチニ・・・ヒロゲラレシ・・・
イクサダトハ・・・キズカレヌ・・・コノイクサ・・・ハ・・・
クサ・・・クサ・・・ハエヌ・・・・・・
ヌ・・・・・・
・・・」

またの沈黙に草生えぬ気分で。
彼は一升瓶の残った半分の半分の、その半分の酒を根元へと注ぐ。

「・・・クサハエヌ・・・ミヤコ・・・ハ・・・
ネムリニツク・・・
ク・・・ク・・・グー・・・
グ~グ~・・・」

眠りについてしまった町長の木へ、
彼は一升瓶の残りぜんぶを町長の頭から注いだ。

「・・・アバッ!・・・ウ・・・プ・・・
トキビトノ・・・カナメハ・・・
ヒガシヲ・・・ステ・・・ウツル・・・
ニシ・・・ヘ・・・
ニシ・・・ヘ・・・
・・・・・・」

しばらく待ったが、
町長は完全に沈黙した。

彼はため息をついた。
平坦人はおろか、樹人でも難儀する道中をここまで出張してきたのに・・・
肝心なこれからの展開を、ぜんぶ聞き終えてない。
彼からの報告を、平坦人のトップは待ちわびている。
しょうがないので。
空になった一升瓶を、虚ろな気持ちで高く持ち上げると・・・
町長の木の頭へ振り下ろした。

バキャッ!!

「ヒデブッ、アベシッ・・・ッ!
アベシ・・・
・・・カナメビトハ・・・ニシヘ・・・
ナガキニ・・・ネムル・・・
ニシノミヤコ・・・ガ・・・
メザメ・・・
ザメ・・・
・・・」

ふぅ。
彼は興醒めして酸素の息を吐き出し、何度目かに沈黙した町長の前へ、どっかと座り込んだ。
轟音の霧をかぶり、銀座で仕立てたばかりのスーツが、ぐっしょりだ。

必要になる御神酒の見積もりが甘かった。
彼の枝の手に残った一升瓶の持ち手は砕けて、鋭利にとんがっていた。
一瞬、これで突き刺してはどうか?と思ったが、さすがにそこまではと思いとどまる。
待った無しの非常時とはいえ、住民からも忘れ去られるほどボケてきた、縄文時代から国土を統治する存在に対してあまりに無礼だよな。

鋭利な先からしたたる酒の雫を舌で受け、気合いを入れ直した彼は。

また出直すことにして立ち上がり、来た道へと歩き出した。

(おわり)

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