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Stones alive complex (Boulder Opal)

後ろをついてくる『いつも猫に跨ってる女』のお手製で、ジャケットの内側にはA4ノートが入る大きさのポケットが縫いつけてある。
おかげで『呪文字を造型し商いする男』は手ぶらで歩きながらも、時折そこからノートを取り出しては、メモを書き記すことができた。

猫跨女が、彼が前後さす足首をつつく。

「ねえねえ。
これはデートなのよね?」

「デートとは、違う。
これはトーデだ」

「トーデ?」

「遠出だ」

昨今の閉塞状況を鑑み、歩いて五分の公園までもが遠出の扱いになる。

やはり、部屋にこもっているより外の空気を吸いながら運動すると頭がよく働く。

幸いにも彼は、閑散とする世の都市部以前に元々から閑散としていた田舎暮らしをしていて、幹線道路の歩道をとぼとぼ歩いてても誰とも会うことがない。

住みついた頃から、ここの地域はとっくにロックダウン。
しょうがないので、ひとりロックタウン。

ロック(ンロール)で。
(コミュニケーションブレイク)ダウン!
耳へ、Bluetoothイヤホンをシュートする。
Spotifyで、プログレッシブロックをポチっとする。
パンチで耳っ来る!
カタカナ用語は公共放送で、聞き慣れてきた。

「ねえねえ!
なんで音楽なんて聴きだすの?
もっとあたしに構ってよ!」

非実在の同行者が、後ろで騒ぐ。
が。
ロバート・プラントの甲高いボーカルで、喚き声はかき消される。

ナノメートルサイズのマシンを押さえ込んでも、代わりに、普通メートルなサイズのマシンたちが北西の海を割って、やけくそにやってくるやもしれぬ。
それに対する気構えと呪文字を、今のうちから考えておかねばならない。

技巧的で屁理屈じみてる複雑な構成の楽曲が、鼓膜から頭蓋へと、ほどよい微動を与えてくれる。
あの世代が転がす旋律は、一般的な真理の裂け目の向こう側からこっちの時流を転がしてる儀式を、的確に表現している。
右肩上がりしてゆくテンションの折れ線グラフに連動して、なにやらパズルの断片が浮かんできた。

ぐるり360度みな田んぼの、あぜ道の途中で立ち止まり、ノートを取り出す。
すると猫跨女は彼を追い越し、ノートに跨ってきた。

「ねえねえ。
何を書いているの?」

「肉体は、魂を宿す器ではない。
魂が、肉体を産みだすのだ、とか・・・ね。
( -ω- `)フッ」

「またまた。
意味なんかまったく無いけど、どことなくカッコイイ響きだけの文章を思いついたのね・・・」

「意味は後からやってくる。
大切なのは、真相と呼応ができる響きなのだ。
魂が共鳴する韻を含んだ、旋律だ」

「魂って、どんなものか知らないくせに」

「ふん。
知っているさ」

呪造男は猫跨女を掴んで真上へ放り投げ新しいページを広げ、そこへ『魂』と大きく書き、猫跨女をキャッチしてまたノートへ乗せる。

「見ろ。
読んで字のごとくだ。
魂とは、云の鬼のことだ」

「云々の、うん?」

「そうだ。
云とはな。
とやかくものを言う、という字だ。
頭の奥から、
または、腹の底から、
あーだこーだあーしろこーしろと言ってくる鬼という、モノノケのことだ。
セルフロックダウンしようが、
その魂と呼ばれるモノノケは、口を塞ぐことがない。
むしろ沈黙すればするほど、意識の空白に潜り込んできて、とやかくものを言ってくるのだ。
その鬼を逐次、ノートへ書き写し封じる」

「なんだか、
お付き合いしにくそうな存在なのね、
そのモノノケって・・・」

「そのとおりだ。
そしてそれは、
お前のことでもあるのだぞ!」

(おわり)

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