見出し画像

ポイント解説・金商法 #5:「公正なM&Aの在り方に関する指針」を踏まえた開示状況集計

1. はじめに

東京証券取引所は、「公正なM&Aの在り方に関する指針」(以下「公正なM&A指針」といいます。)が公表された後に行われた上場廃止を企図したMBOおよび支配株主による従属会社の買収に関する適時開示の状況を毎年集計・公表しているところ、2022年7月1日、2021年7月から2022年6月までの直近1年間における開示状況集計が公表されました。

【参考リンク】
「公正なM&Aの在り方に関する指針」を踏まえた開示状況(2021年7月~2022年6月)について

2. 開示状況集計の概況

上場ルール上、上場会社がMBOや支配株主などによるTOBに意見表明などを行う場合の適時開示は必要かつ十分に行うことが義務づけられています(有価証券上場規程441条、441条の2)。

今回の開示状況集計では、公正なM&A指針公表後の情報開示の実務は広く定着してきたものと認められる結果となった一方で、①多くの事例で開示されている項目であっても、具体的な記載内容は事例ごとにさまざまであることには留意する必要がある、また、②特別委員会には対象会社および一般株主の利益を図る立場に立った検討・判断が期待されることに鑑みれば、株主・投資者に取引条件の妥当性等の判断に資する判断材料を提供し、十分な情報に基づく適切な判断を促す観点から、特別委員会が重点的に検討した事項を中心に、具体的かつ丁寧な開示を行うことが望ましいと考えられるとされています。

その上で、各開示事項等の概況として、以下の開示事項についてコメントがあります。

① 特別委員会による取引条件交渉過程への関与に関する情報
② 特別委員会又は算定機関による事業計画の確認状況に関する情報
③ 算定機関の利害関係に関する情報
④ 算定の前提条件に関する情報

※なお、昨年の開示状況集計では、(i)特別委員会の委員の適格性に関する情報、(ii)対象会社の取締役会による特別委員会の判断の取扱い、(iii)特別委員会又は算定機関による事業計画の確認状況に関する情報、(iv)特別委員会の委員・算定機関の報酬体系に関する情報についてコメントがありました。

(1)特別委員会又は算定機関による事業計画の確認状況に関する情報

今回の開示状況集計では、「特別委員会が事業計画を確認している旨にとどまらず、その合理性を確認している旨が開示されており、実務への定着がみられる。ただし、合理性を確認したとの結論のみを記載するにとどまった事例から、事業計画が合理的といえる理由を具体的に記載した事例まで、開示の充実度には大きな開きがあった。算定の合理性に係る特別委員会の検討内容についても、事例によって記載の粒度に差が見られた」とされています。

「特別委員会又は算定機関による事業計画の確認状況に関する情報」は昨年に引き続き取り上げられているところ、事業計画は、対象会社の株式価値算定、ひいては公開買付価格の基礎となるものであることから、東証において、かかる情報が適切に開示されているかについて高い関心を持ち、重点的に確認が行われていることがうかがわれます。

※なお、公正なM&A指針では以下のように特別委員会による事業計画の合理性やその作成経緯の確認の重要性が指摘されています。

・ DCF法を用いて株式価値算定を実施する場合には、これに必要な将来フリー・キャッシュフローの予測の基礎となる事業計画の内容いかんによって結論が大幅に異なり得るところ、企業において作成される事業計画は、その作成の目的や態様等によって、その数字が楽観的な場合から保守的な場合まで様々であることから、事業計画の合理性やその作成経緯を確認することの重要性が指摘されている。

・ 算定の前提とした財務予測の作成経緯(特別委員会による事業計画の合理性の確認や第三者評価機関によるレビューを経ているか否か、当該M&A以前に公表されていた財務予測と大きく異なる財務予測を用いる場合にはその理由等)について充実した開示が行われることが望ましい。

 (2)算定機関の利害関係に関する情報

今回の開示状況集計では、「算定機関と同一グループに属する銀行が当事会社に投融資を行っている場合に、そのような事実関係が存在する旨を明記した上で、適切な弊害防止措置を実施していること等を理由に独立性が確保されている旨が開示された事例が複数あった」とされています。

これは事業計画に合理性が認められるものであったとしても、かかる事業計画に基づいて株式価値算定を行う算定機関に利害関係があれば有名無実になりかねないという、昨年の開示状況集計における「算定機関の報酬体系に関する情報」と同様の問題意識に基づいたものと考えられます。

※なお、公正なM&A指針では以下のように第三者算定機関の独立性や利害関係について十分な説明責任が果たされるべきであるとされています。

・ 株式価値算定やフェアネス・オピニオンが上記の機能を有するためには、これを実施する特別委員会の第三者評価機関(特別委員会が自らの第三者評価機関を選任せず、対象会社の取締役会が選任した第三者評価機関を利用する場合には当該第三者評価機関)の独立性が重要となる。当該第三者評価機関が当該M&Aの成否に関して重要な利害関係を有している場合には、その独立性について一般株主が適切に判断することを可能とする観点から、その独立性や利害関係の内容に関する情報を開示することが望ましい。

・ もっとも、例えば、当該第三者評価機関が買収者に対して自ら買収資金の融資その他の資金提供も行う場合のように、当該第三者評価機関が当該M&Aの成否に関して深刻な利害関係を有している場合には、その独立性に対する懸念が相当程度大きくなることから、基本的には上記の機能を果たす上で望ましくないと考えられるが、合理的な必要性からやむを得ずこのような事態に至る場合には、当該M&Aにおいて当該第三者評価機関が得る経済的利益の内容を開示する等、少なくともその独立性や利害関係の内容について十分な説明責任が果たされるべきである。

(3) 算定の前提条件に関する情報

今回の開示状況集計では、「集計対象の中に、対象会社側の算定における個別資産の取扱いについて、機関投資家より疑問が呈される事例が見られた。当取引所が発行している『会社情報適時開示ガイドブック』では、算定にあたって特殊な前提条件がある場合にその内容の開示を求めているが、この観点から、算定において個別資産が重要性を有する場合には、算定における考え方をあらかじめ丁寧に説明することが考えられる。また、DCF法で用いている割引率について、実際に割引率の計算根拠を開示した事例は見られなかったが、指針では、具体的な数値に加えて計算根拠まで開示することが望ましいとされている。とりわけ、小規模リスク・プレミアムを考慮しているなど特殊な前提条件がある場合には、その内容について説明することの有用性は高いと思われる」とされています。

「算定の前提条件に関する情報」は今回新たに取り上げられたものであるところ、東証としては、個別資産が重要性を有する場合や小規模リスク・プレミアムを考慮しているといった特殊な前提条件がある場合には、一般株主・少数株主が取引条件の妥当性等を適切に判断するため、充実した開示を期待していることがうかがわれます。

※なお、公正なM&A指針では以下の情報について一般株主の適切な判断に資する充実した開示が行われることが望ましいとされています。

・ 各算定方法に基づく株式価値算定の計算過程に関する情報
(例えば、①DCF法を用いて株式価値算定を実施した場合における(i)算定の前提とした対象会社のフリー・キャッシュフロー予測、及びこれが当該M&Aの実施を前提とするものか否か、(ii)算定の前提とした財務予測の作成経緯(特別委員会による事業計画の合理性の確認や第三者評価機関によるレビューを経ているか否か、当該M&A以前に公表されていた財務予測と大きく異なる財務予測を用いる場合にはその理由等)、(iii)割引率の種類(株主資本コストか加重平均資本コストか等)や計算根拠、(iv)フリー・キャッシュフローの予測期間の考え方や予測期間以降に想定する成長率等の継続価値の考え方等(注))、②類似会社比較法を用いて株式価値算定を実施した場合における類似会社の選定理由に関する情報)

(注)企業価値には非事業用資産の価値も含まれるところ、非事業用資産が株式価値算定において重要性を有する場合には、これについての考え方を説明することが望ましいとの指摘もある。


Author

弁護士 関本 正樹(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2007年東京大学法学部卒業、2008年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士。21年7月から現職。18年から20年にかけては株式会社東京証券取引所 上場部企画グループに出向し、上場制度の企画・設計に携わる。『ポイント解説 実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『対話で読み解く サステナビリティ・ESGの法務』(中央経済社、2022年)、『支配株主・支配的な株主を有する上場会社における少数株主保護─東証「中間整理」の解説─』(旬刊商事法務 、2020 年)、 『上場子会社のガバナンスの向上等に関する上場制度整備の概要』(旬刊商事法務、 2020年)等、著書・論文多数。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?