見出し画像

労働法UPDATE Vol.12:【速報】最高裁判例~配転における職種限定合意の意義~

2024年4月26日、配転に関する新たな最高裁判例(以下「本判決」といいます。)が示されました。本判決は職種限定合意が存在する場合の配転の考え方を初めて示した判例であり、いわゆるジョブ型雇用が注目される昨今において、実務上重要な判例といえます。以下ではその内容等を速報ベースで紹介します。


1. 使用者による配転と職種限定合意

はじめに、本判決を紹介する前提として、「配転」について簡単に確認します。

「配転」とは従業員の配置の変更であり、同じ勤務地内での所属部署の変更が「配置転換」、勤務地の変更が「転勤」と呼ばれます(菅野和夫=山川隆一『労働法』〔第13版〕681~682頁(弘文堂、2024年))。
就業規則上では「業務の都合により、出張、配置転換、転勤を命ずる」等の条項が置かれ、使用者が人事権の一内容として、従業員の職務内容や勤務地を決定する権限(配転命令権)を有することが一般的です(前掲菅野=山川682頁)。

このような使用者による配転命令の有効性については、最高裁(東亜ペイント事件 最判昭和61年7月14日労判477号6頁)が、①使用者に配転命令権が認められるか、②認められるとしても権利の濫用(業務上の必要性がない場合または業務上の必要性がある場合でも、不当な動機目的でなされたときもしくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情がある場合)に当たらないかという観点から適法性が判断されることを示し、以後の裁判実務においてもこの観点から配点の有効性が検討されています。

このうち、従業員との間で、当該従業員の職種を限定する旨の合意(職種限定合意)が存在する場合、上記①の使用者の配転命令権が否定または制限されることになると考えられていることから、この点が本判決において問題となりました。

2. 事案の概要

(1) 本件における請求の概要

本件は、滋賀県に設置された社会福祉法人Yの運営する社会福祉センター内のAセンター(以下「本件センター」といいます。)において、主任技師として福祉用具の改造・製作、技術開発等に従事していたX(一審原告、上告人)が、Y(一審被告、被上告人)による配置転換命令(以下「本件配転命令」といいます。)が違法である等として、慰謝料の支払い等を求めた事案です。

※なお、本件の下級審でXはさまざまな請求を行っていますが、以下では配置転換に関する部分に絞ってご紹介します。

(2) 本件配転命令の経緯

Xは一級技能士(機械保全、プラント配管)、職業訓練指導員(機械科、塑性加工科、溶接科)、中学校教諭二種技術、社会福祉主事任用資格、ガス溶接作業主任者、フォークリフト他の資格・免許を保有しており、以下のとおり、平成31年3月末まで、福祉用具の改造・製作、技術開発を行う技術者としての勤務を18年間継続していました。
その後Xは本件配転命令によって、総務課の施設管理担当になり、来場者の対応や管内の鍵の開閉等を行っていました。なお、本件配転命令当時、総務担当者が急遽退職し、総務課が欠員状態となったことから、総務担当者を補填する必要がありました。

(3) 本件センターでの改造・製作の実施件数の推移

本件センターにおける改造・製作の実施件数は以下のとおりでした。
また、平成21年には、本件センターのホームページに「改造・製作」のボタンが設けられており、それをクリックすると「~福祉用具の活用~改造製作事例の紹介」という頁に移動していましたが、一審の判決時点ではそのいずれもなくなっている状況でした。

(4) 技術者の減少と技術者数を0名とする事業計画の変更

本件センターの技術者は減少しており、平成21年には3名でしたが、平成29年度にはX1名のみとなっていました。なお、Yは滋賀県から本件センターの管理業務を委託された指定管理者であるところ、指定管理者の業務には「福祉用具に係る利用者からの相談に基づく改造および製作ならびに技術の開発」が含まれており、福祉用具の改造・製作業務を外部委託化することはできないことになっていました。

Yは本件配転命令後、技術員が欠員状態となっていたことについて、令和2年3月17日に滋賀県から対応策を至急協議するようにとの通達を受けましたが、技術職を再配置する意向はありませんでした。そして、令和3年8月31日付けで、滋賀県知事に対し、福祉用具のセミオーダー化により、既存の福祉用具を改造する需要が激減している旨などを理由に、改造・製作業務担当の技術者を1名から0名に変更すること等を内容とする事業計画書の変更を申し入れ、同年9月17日付けで滋賀県から承認を受けました。

3. 下級審の判断

(1) 一審(京都地判令和4年4月27日)の判断

ア 結論
一審は、①職種限定合意を認定するものの、②本件配転命令は有効と判断しました。

イ 理由
一審はまず、以上の事実関係のもと、Xの職種を技術者に限る旨の書面による合意はないと認定しました。
その上で、以下の事情を指摘し、Xを機械技術者以外の職種に就かせることはYも想定していなかったはずであるから、XY間には、YがXを福祉用具の改造・製作、技術開発を行わせる技術者として就労させるとの黙示の職種限定合意があったと認定しました。

■ Xが技術系の資格を数多く有していること
■ 溶接ができることを見込まれてB財団から勧誘を受け、機械技術者の募集に応じてB財団に採用されたこと
■ 使用者がYに代わった後も含めて福祉用具の改造・製作、技術開発を行う技術者としての勤務を18年間にわたって続けていたこと
■ 本件センターの指定管理者たるYが福祉用具の改造・製作業務を外部委託化することは本来想定されていないこと
■ 上記18年間、Xは本件センターにおいて溶接のできる唯一の技術者であったこと

他方で、一審は以下の事情を指摘し、黙示の職種限定合意は認められるものの、福祉用具の改造・製作をやめたことに伴ってXを解雇するという事態を回避するためには、Xを総務課の施設管理担当に配転することにも、業務上の必要性があると認めました。

■ Yは平成30年頃には本件センターにおける福祉用具の改造・製作をやめることも視野に入れ始めており、本件配転命令の頃には、改造・製作をやめることに決めていたこと
■ 福祉用具のセミオーダー化により、既存の福祉用具を改造する需要が年間数件までに激減していることからすれば、その程度の需要のために月収約35万円のXを専属として配置することに経営上の合理性はないとの判断に至るのもやむを得ないといえること
■ 本件配転命令当時、総務課が欠員状態となったことから、総務担当者を補填する必要があったこと

そして、本件配転命令が甘受すべき程度を超える不利益をXにもたらすとまでは認められず、不当な動機や目的があると認めるに足りる証拠はないことから、本件配転命令は権利濫用ではなく、違法無効とはいえないと判断しました。

(2) 控訴審(大阪高判令和4年11月24日)の判断

ア 結論
控訴審も、①職種限定合意を認定するものの、②本件配転命令は有効と判断しました。

イ 理由
控訴審も一審と同様の観点から、本件配転命令が、Yにおける福祉用具改造・製作業務が廃止されることにより、技術職として職種を限定して採用されたXにつき、解雇もあり得る状況のもと、これを回避するためにされたものであるといえるし、当時総務課が欠員状態となっていたことやXがそれでも見学者対応等の業務を行っていたことからすれば、本件配転命令に不当目的があるとも言い難いこと等を指摘しています。

なお、控訴審では、本件配転命令により生じる技術者の欠員状態が滋賀県との関係で適切でない面があったことは否定できないとしつつも、それをもって本件配転命令が直ちに違法無効となるわけではなく、また事後的とはいえ滋賀県に事業計画の変更が承認されていることから、滋賀県との関係でおよそ許されない人員配置であったということもできないと指摘されています。

4. 本判決の内容

以上のとおり、一審・控訴審ともに、①XY間で職種限定合意が存在することは前提にしつつも、本件配転命令がXの担当業務の廃止に伴いXが解雇される事態を回避するための措置といえること等を踏まえ、②本件配転命令は違法無効ではないと判断しました。

しかし、本判決は、以下のとおり、職種限定合意が存在する場合の配転権限に関する一般論から、そもそもYはXの同意なく総務課への配置転換を命ずる権限がなかったと指摘し、原判決を破棄して本件を原審に差戻しました。

労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。上記事実関係等によれば、XとYとの間には、Xの職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の本件合意があったというのであるから、Yは、Xに対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものというほかない。
そうすると、YがXに対してその同意を得ることなくした本件配転命令につき、Yが本件配転命令をする権限を有していたことを前提として、その濫用に当たらないとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

5. 本判決を踏まえた実務上のポイント

(1) 配転における職種限定合意の意義

就業規則の内容が合理的で、かつ労働者に周知されている場合、当該就業規則は労使間の労働契約の内容となりますが、労使間で別途就業規則と異なる労働条件を合意していた部分については、(それが就業規則で定める基準に達しない労働条件である場合を除き)個別の特約が優先されます(労働契約法7条)。
したがって、職種限定合意が存在する場合には、使用者は労働者の同意なく、かかる合意に基づく職種以外に労働者を配置転換する権限を有しないことになります。

この点、東京海上日動火災保険事件(東京地判平成19年3月26日労判941号33頁)は以下のように述べ、職種限定合意が存在する場合であってもなお、使用者が労働者の同意なく配置転換を行う余地がある旨を指摘していました(なお同事件は結論としては、正当な理由がないとして一方的な配置転換を認めませんでした。)。

■ 労働者と使用者との間の労働契約関係が継続的に展開される過程をみてみると、社会情勢の変動に伴う経営事情により当該職種を廃止せざるを得なくなるなど、当該職種に就いている労働者をやむなく他職種に配転する必要性が生じるような事態が起こることも否定し難い現実である。
■ このような場合に、労働者の個別の同意がない以上、使用者が他職種への配転を命ずることができないとすることは、あまりにも非現実的であり、労働契約を締結した当事者の合理的意思に合致するものとはいえない。
■ そのような場合には、職種限定の合意を伴う労働契約関係にある場合でも、採用経緯と当該職種の内容、使用者における職種変更の必要性の有無およびその程度、変更後の業務内容の相当性、他職種への配転による労働者の不利益の有無および程度、それを補うだけの代替措置または労働条件の改善の有無等を考慮し、他職種への配転を命ずるについて正当な理由があるとの特段の事情が認められる場合には、当該他職種への配転を有効と認めるのが相当である。

この裁判例については、雇用継続の可能性を重視した点は理解できるものの、職種限定合意の意義をあまりに軽視しており、妥当な一般論とはいえないとの批判がありました(荒木尚志『労働法』〔第5版〕476頁(有斐閣、2022年)、水町勇一郎『詳解労働法』〔第3版〕534頁(東京大学出版会、2023年)、荒木尚志ほか編『注釈労働基準法・労働契約法 第2巻-労働基準法(2)・労働契約法』424頁〔原昌登〕(有斐閣、2023年))。

本件の下級審も上記東京海上日動火災保険事件に親和的な判断を示していましたが、本判決は、職種限定合意が存在する以上、そもそも使用者が労働者の個別的同意なしに職種限定合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないことを明確に判示しており、この点を最高裁として明らかにしたことに本判決の実務上の意義があります。

(2) 職種限定合意の認定

本判決を踏まえると、職種限定合意の存否が使用者の配転命令権の有無を検討する上で、一層重要なポイントとなります。

この点、契約書等の客観的な資料に職種を限定する旨が明示されていれば、当該合意に基づいて配転命令権が制限されることはいうまでもないですが、裁判例では、そのような明示の合意が存在しない場合に、職種限定合意が黙示的に認められるかが問題となってきました(前掲荒木尚志ほか編423頁)。
裁判例では、一定の資格や技能が必要となる専門職(例えば医師、看護師等)では比較的職種限定合意が認められやすく、また専門職以外でも、求人広告等で明確に職種を特定していた事案では、契約書等に明記されなくとも職種限定合意が認められる場合があります。しかし、長年同一の職種に従事していた場合でも職種限定合意を否定する事例や、一定の知識や技能を有する職種でも職種限定合意を否定する事例もあり、全体としては黙示の職種限定合意が認められる例は多くありません(前掲荒木尚志ほか編424頁、佐々木宗啓ほか編『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅰ』〔改訂版〕291~293頁(青林書院、2021年))。

本判決の下級審は黙示の職種限定合意が認められた裁判例としても参考になるものです(本判決でもその認定結果が前提とされています。)。

なお、2024年4月1日以降に締結される雇用契約については、労働者が従事すべき業務のほか、その変更の範囲を雇用契約締結時に示す必要があり(労働法UPDATE Vol.9:労働法改正Catch Up & Remind①~2024年4月施行の法改正~)、かかる契約書の記載が、今後黙示の職種限定合意の認定にどのような影響を及ぼすかも注目すべきポイントです。

(3) 整理解雇における解雇回避努力との関係性

本判決では、Xの雇用維持に配慮する意図があったとしても、職種限定合意が存在する以上、YはXの同意なく当該合意に反する配転を命ずる権限がないと判断しました。
本判決を前提とすると、配転権限がない以上、一方的な配転命令は無効となるため、該当の職種が消滅する場合には整理解雇とせざるを得ないこととなります。
しかし、かかる判決をもって、Xを即座に整理解雇することについては慎重であるべきところです。

本判決が指摘するのは、あくまで労働者の同意なく一方的な配置転換を行う権限がないという点にとどまり、労働者の同意に基づいて(すなわち職種限定合意を上書きして)配置転換を行うことは依然として否定されておりません。
そのため、本件のような場面で使用者が整理解雇を検討する場合には、職種限定合意が存在する労働者に対しても、少なくとも、整理解雇の4要素の1つの解雇回避努力として他職種での就業継続を打診することが実務上穏当な対応だと考えられます(前掲荒木尚志ほか編425頁)。
その上で、対象者が配転を拒絶する場合に、他の整理解雇の要素(人員削減の必要性、人選の妥当性、手続の妥当性)を満たすようにしつつ整理解雇を実行することになります。


Authors

弁護士 菅原 裕人(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2016年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。
高井・岡芹法律事務所(~2020年8月)を経て、2020年9月から現職(2023年1月パートナー就任)。経営法曹会議会員(2020年~)。日々の人事労務問題、就業規則等の社内規程の整備、労基署、労働局等の行政対応、労働組合への対応(団体交渉等)、紛争対応(労働審判、訴訟、労働委員会等)、企業再編に伴う人事施策、人事労務に関する研修の実施等、使用者側として人事労務に関する業務を中心に、企業法務全般を取り扱う。

弁護士 岩崎 啓太(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2019年弁護士登録(東京弁護士会所属)
西村あさひ法律事務所を経て、2022年1月から現職。
人事労務を中心に、紛争・事業再生、M&A、スタートアップ支援等、広く企業法務全般を取り扱う。直近では、「ビジネスと人権」を中心にESG/SDGs分野にも注力している。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?