労働法UPDATE Vol.9:労働法改正Catch Up & Remind①~2024年4月施行の法改正~
働き方が多様化する中、それを規律する労働法についても様々な改正が次々となされており、企業の経営者や人事部においては、日々対応を迫られているように思われます。
「労働法UPDATE」ではこれまでも、労働法に関する最新のトピックを随時お伝えしてきましたが、その一環として「労働法改正Catch Up & Remind」と銘打ち、今後、より一層法改正の成立・施行にフォーカスした形で、労働法に関する最新の動向をお伝えしてまいります。
第1弾となる本記事では、施行が目前に迫った以下の法改正について、そのポイントを再確認します。自社において対応漏れがないかのチェック等にご活用ください。
1. 労働条件通知書(雇用契約書)・募集要項の記載を再確認する(法改正①)
使用者である企業は、労働契約の締結時や有期労働契約の更新時等に、労働者に対して労働条件を明示しなければなりません(労働基準法15条、同施行規則5条1項等)。
実務上は、雇用契約書の内容に所定の労働条件明示事項を含める場合も多いと思いますが、労働基準法施行規則等の改正(2023年3月)に伴い、2024年4月1日以降は、労働条件明示事項に下表の項目が追加されますので、自社の雇用契約書の記載を再確認する必要があります。
その際には、厚生労働省から上記改正に合わせた「モデル労働条件通知書」が公表されていますので、これと見比べつつ確認することも一案です。なお、モデル労働条件通知書には、上記労働基準法の改正に基づくものではなく通達の改正に伴う変更点として、「就業規則を確認できる場所や方法」の欄も追加されましたので、併せて確認することがよいでしょう(以下のQ&A5-1も参照)。
ただし、上記改正が適用されるのは、あくまで2024年4月1日以降に締結される労働契約ですので(厚生労働省「令和5年改正労働基準法施行規則等に係る労働条件明示等に関するQ&A」1-1)、既存従業員の労働条件通知書(兼雇用契約書)を全て変更する必要はありません。また入社日が2024年4月1日以降であったとしても、同年3月31日までに労働契約を締結していれば、上記改正に基づく労働条件明示を改めてやり直す必要はありません(上記Q&A1-2)。
また、上記の改正と連動して、職業安定法施行規則も改正され、企業が労働者の募集を行う場合に明示すべき労働条件として、就業場所の変更の範囲や従事すべき業務の変更の範囲、有期労働契約を更新する場合の基準に関する事項、更新上限の内容等が追加されました(詳細については、厚生労働省からリーフレットが公表されています)。
企業においては、自社の求人票や募集要項についても、対応が完了しているか忘れずにチェックする必要があります。
2. 専門業務型裁量労働制の労使協定を巻き直し、適用対象者の範囲を再確認する(法改正②)
これまで専門業務型裁量労働制(労働基準法38条の3)を導入する場合、労使協定において所定の事項を定めれば足り、適用対象者から個別に同意を取得する必要はありませんでした。
この点は、労使委員会において、適用対象者から個別に同意を取得する旨及び同意をしなかった労働者に対する不利益取扱いの禁止を決議する必要がある企画業務型裁量労働制(労働基準法38条の4)との違いの1つでしたが、裁量労働制に関する省令の改正(2023年3月)に伴い、2024年4月1日以降は、適用対象者の同意を得ることや同意しない場合の不利益取扱いの禁止、同意の撤回に関する手続を労使協定で定めることが必要となります(改正後の労働基準法38条の3第1項6号、労働基準法施行規則24条の2の2第3項1号2号)。
特に、上記の労働条件明示事項の改正とは異なり、既に専門業務型裁量労働制を導入済みの場合にも上記改正は適用されますので、2024年4月以降も専門業務型裁量労働制を継続導入する場合は、労使協定を締結し直す必要があります(厚生労働省「裁量労働制の導入・継続には新たな手続きが必要です」参照)。
併せて、専門業務型裁量労働制の対象業務にいわゆるM&Aアドバイザリー業務が追加されており、自社における専門業務型裁量労働制の適用範囲を改めて検討・確認することが求められます(その他の詳細については、厚生労働省「専門業務型裁量労働制の解説」参照)。
3. 企画業務型裁量労働制に関する労使委員会の運用等を再確認する(法改正②)
また、上記の裁量労働制に関する省令改正に伴い、企画業務型裁量労働制に関する運用等も変更されています。
企画業務型裁量労働制を導入する場合、主に①労使委員会の体制を整え、②労働基準法所定の事項を決議し、③かかる決議内容を定期的に管轄の労働基準監督署に報告することが必要となります。この点、2024年4月1日以降は、上記各フローについておおむね以下のような変更が生じていますので、自社の運用が適切に対応できているか、再確認する必要があります。
なお、専門業務型裁量労働制の改正と同様、既に企画業務型裁量労働制を導入済みの場合にも適用されますので、2024年4月1日以降も企画業務型裁量労働制を継続導入する場合は注意が必要です(厚生労働省「裁量労働制の導入・継続には新たな手続きが必要です」参照。その他の詳細については、厚生労働省「企画業務型裁量労働制の解説」参照)。
4. 建設業等は、時間外労働の管理体制と新たな就労体制を整備する(法改正③)
2018年に成立した働き方改革関連法によって、時間外労働の上限規制が導入され、以下のような制限が設けられました(労働基準法36条4項乃至6項)。なお、通常の時間外労働の規制の概要は、厚生労働省「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」を参照ください。
ただし、建設業、トラック輸送業、医師等の適用猶予事業については、一定期間上限規制の適用が猶予されてきましたが、かかる猶予措置がいよいよ終了し、2024年4月1日からは以下のとおり時間外労働の上限規制が適用されます。この影響の大きさからいわゆる2024年問題と呼ばれています。
これらの事業においては、今後時間外労働が上記の時間数に制限されることを前提とする勤務体制を整えることが求められます。その前提として、見かけ上の時間外労働時間数を減らそうとして、いわゆるサービス残業が増加するようなことがないよう、時間外労働を含む労働時間の管理体制(例えば時間外労働の申告制等)をこれまで以上に適切に運用することが重要になります。
また、上記労働基準法の施行に合わせて、2024年の改正法案において、建設業法等の法改正により建設業に従事する労働者の長時間労働の抑制の動きや物流関連の改正法案によりトラック運送業の労働者の長時間労働の抑制の動きもありますので、該当の事業者は引き続き改正法の動きも注視する必要があります。
5. 障害者雇用義務を満たしているか再確認する(法改正④)
企業には、障害者雇用促進法37条2項に定める対象障害者(身体障害者、知的障害者又は精神障害者(精神障害者保健福祉手帳を交付されている者に限る。))を一定数以上雇用する義務が課せられています。
具体的には、対象障害者の数が、企業が雇用する労働者の数に法定雇用率を乗じた数を上回る必要があり(同法43条1項)、この法定雇用率はこれまで2.3%でした。
そのため、従業員数が43.5人以上の企業において対象障害者を1人以上雇用しなければなりませんでしたが、2024年4月1日以降、法定雇用率が2.5%に引き上げられ、従業員数が40人以上の企業において、対象障害者を1人以上雇用する必要があります。
特に、従業員数が40人以上から43.5人未満の企業は、新たに障害者雇用義務の対象となりますので、注意が必要です。
なお、上記に関連し、2024年4月1日以降、週所定労働時間が10時間以上20時間未満の精神障害者、重度身体障害者及び重度知的障害者について、法定雇用率の計算上、0.5人としてカウントできるようになります(詳細については、厚生労働省のリーフレットや資料を参照ください)。
また、少し先にはなりますが、2年後の2026年7月からは法定雇用率がさらに2.7%まで引き上げられ、従業員数37.5人以上の企業が障害者雇用義務の対象となります。
企業においては、次項の障害者に対する合理的配慮義務への対応と併せて、障害者雇用に関する自社の体制を整備していくことが求められます。
6. 障害者に対する合理的配慮義務への対応を再確認する(法改正⑤)
障害者差別解消法8条2項では、企業が、その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない旨が定められています。
このように、企業による障害者に対する合理的配慮はこれまで努力義務とされてきましたが、2024年4月1日以降は義務化されることになります。
合理的配慮について、内閣府「障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針(令和5年3月14日閣議決定)」では、事業者の事務・事業の目的・内容・機能に照らし、必要とされる範囲で本来の業務に付随するものに限られること、障害者でない者との比較において同等の機会の提供を受けるためのものであること、事務・事業の目的・内容・機能の本質的な変更には及ばないことに留意が必要である旨を指摘しつつ、合理的配慮提供義務について以下のような具体例を挙げています(同基本方針第2の3(1))。
企業において、障害者から合理的配慮が必要である旨の意思表明がされた場合は、上記の指針や内閣府の「合理的配慮の提供等事例集」を踏まえた対応が求められますので、あらかじめ対応を検討しておくことが有用です。
Authors
弁護士 菅原 裕人(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2016年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。
高井・岡芹法律事務所(~2020年8月)を経て、2020年9月から現職(2023年1月パートナー就任)。経営法曹会議会員(2020年~)。日々の人事労務問題、就業規則等の社内規程の整備、労基署、労働局等の行政対応、労働組合への対応(団体交渉等)、紛争対応(労働審判、訴訟、労働委員会等)、企業再編に伴う人事施策、人事労務に関する研修の実施等、使用者側として人事労務に関する業務を中心に、企業法務全般を取り扱う。
弁護士 岩崎 啓太(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2019年弁護士登録(東京弁護士会所属)
西村あさひ法律事務所を経て、2022年1月から現職。
人事労務を中心に、紛争・事業再生、M&A、スタートアップ支援等、広く企業法務全般を取り扱う。直近では、「ビジネスと人権」を中心にESG/SDGs分野にも注力している。
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