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危機管理INSIGHTS Vol.17:外国公務員贈賄規制の勘所⑤-【速報】2024年2月の外国公務員贈賄防止指針改訂-


1. はじめに

2024年2月、経済産業省は「外国公務員贈賄防止指針」(以下「本指針」といいます。)の改訂版を公表しました(以下、2024年改訂を「本改訂」といいます。)。これは、2021年5月以来、約3年ぶりの改訂となります(2021年5月改訂については、「危機管理INSIGHTS Vol.3:外国公務員贈賄規制の勘所③-2021年5月の外国公務員贈賄防止指針改訂とスモール・ファシリテーション・ペイメント-」をご参照ください。)。

本指針に関するパブリック・コメントの結果を示すウェブサイトにおいて2021年5月改訂版と2024年2月改訂案との新旧対照表が掲載されていますが、本改訂の主なポイントは以下のとおりです。

(1)外国公務員贈賄罪に係る法改正事項の反映
(2)スモール・ファシリテーション・ペイメント(SFP)に関する記載の修正
(3)海外子会社・支店の従業員による贈賄行為について親会社(本社)に処罰が及ぶケースの明確化
(4)外国公務員贈賄罪の適用事例のアップデート
(5)外国公務員贈賄防止体制の構築に関する記載の充実

2. 本改訂の主なポイント

(1)外国公務員贈賄罪に係る法改正事項の反映

第1に、2023年の不正競争防止法改正による外国公務員贈賄罪の変更点が本指針にも反映されました。この法改正については、「危機管理INSIGHTS Vol.14:外国公務員贈賄規制の勘所④-2023年不正競争防止法改正による規制強化-」で解説しており、ポイントは以下の3点です。

① 自然人への罰則の強化
・自然人に対する罰金刑の上限を500万円から3000万円に引き上げ
・自然人に対する懲役刑の長期を5年から10年に引き上げ

② 両罰規定による法人への罰則の強化
・両罰規定による法人に対する罰金刑の上限を3億円から10億円に引き上げ

③ 海外単独贈賄行為の処罰範囲の拡大
・日本企業の外国人従業員等による海外での単独贈賄行為も処罰対象に追加

(出典:経済産業省ウェブサイト「不正競争防止法等の一部を改正する法律【知財一括法】の概要」16頁

本指針の第3章では、「不正競争防止法における処罰対象範囲について」という項目の下で外国公務員贈賄罪の解説がなされているところ、この部分に2023年不正競争防止法改正の内容の反映がなされました。なお、この改正法は2024年4月1日に施行予定です。

(2)スモール・ファシリテーション・ペイメント(SFP)に関する記載の修正

第2に、OECD贈賄作業部会からの指摘を受け、SFPに関する記載が修正されました。SFPについても、「危機管理INSIGHTS Vol.3:外国公務員贈賄規制の勘所③-2021年5月の外国公務員贈賄防止指針改訂とスモール・ファシリテーション・ペイメント-」で解説しています。

具体的には、本指針13-14頁のSFPの説明箇所に「2009年に採択され、2021年に改訂されたOECD理事会勧告が指摘するSFPの『持続可能な経済開発及び法の支配に対する腐敗的影響(corrosive effect)』に鑑みて」という記載が加筆された上で、本指針13頁脚注42に「条約のコメンタリー9(*1)において、SFPは、『「商取引又はその他の不正な利益を得る又は維持する」ための支払には相当せず、したがって犯罪とはならない』とされているものの、SFPが腐敗現象(corrosive phenomenon)であることが指摘されている。そのため、OECD理事会勧告(*2)は、OECD加盟国に対して、SFPの使用を禁止又は防止するように企業に奨励することを勧告している。」という記載が加筆されるに至っています。(*1、*2部分の記載は以下のとおり、コメンタリー9およびOECD理事会勧告の仮訳が引用されています。)

*1 コメンタリー9(仮訳)
少額の「円滑化のため」の支払は、第1条1の意味における「商取引又はその他の不正な利益を得る又は維持する」ための支払には相当せず、したがって犯罪とはならない。いくつかの国においては、公務員に、例えば認可や許可の発行等その職務の遂行を促すために行われているものの、その国以外では一般的に違法である。そのような支払を違法としている国は、良いガバナンスプログラムのための支援をするなどの措置を採ることによってこうした腐敗現象(corrosive phenomenon)に対処でき、またそうすべきであるが、それを国内で犯罪化しても、実際的又は効果的に腐敗現象に対処する補完的な手段になるとは思われない。

*2 OECD理事会勧告(仮訳)
XIV. 特に持続可能な経済開発と法の支配に対するスモール・ファシリテーション・ペイメントの腐敗的影響(corrosive effect)に鑑み、加盟国に対し以下のことを勧告する。

i. この現象と効果的に闘うため、スモール・ファシリテーション・ペイメントに関する政策とアプローチを定期的に見直すことを約束する。
ii. このような支払いは、一般に、それが行われる国では違法であり、いかなる場合においても、そのような企業の帳簿及び記録に正確に計上されなければならないことを認識し、内部統制、倫理、コンプライアンス・プログラム又は対策において、スモール・ファシリテーション・ペイメントの使用を禁止又は防止するよう企業に奨励する。
2021 OECD Anti-Bribery Recommendation

(3)海外子会社・支店の従業員による贈賄行為について親会社(本社)に処罰が及ぶケースの明確化

第3に、海外子会社・支店の従業員による贈賄行為について親会社(本社)に処罰が及ぶケースを明確化する旨の修正がなされました。

まず、本指針36-37頁において、「両罰規定における『従業者』とは、直接、間接に事業主の統制、監督を受けて事業に従事している者をいい、契約による雇人でなくても、事業主の指揮の下でその事業に従事していれば、『従業者』である、とされている」という記載が新たに加わりました。

具体的には、海外子会社の従業員X氏が外国公務員に贈賄を行った場合、日本本社はX氏を雇用しているわけではないものの、X氏が通常行っている業務への日本本社の関与の度合い、X氏に対する本社の選任・監督の状況などの個別具体的な状況を踏まえて判断され、X氏が実質的には日本本社の「従業者」であると認められ、贈賄が日本本社の業務に関して行われたと認められる場合には、日本本社に対して両罰規定が適用される可能性があるという例が示されています。

次に、本改訂により、子会社と支店の区別が明確化されました。具体的には、本指針38頁脚注90に「海外子会社は、外国の法令に準拠して設立された法人(外国法人)であるとする。なお、法人格を有しない海外支店・営業所等については、国内本社から独立した業務主体ではなく、単に本社に従属する営業上の物的施設にすぎないため、海外支店・営業所等に勤務する者は、国内本社の従業者であると考えられる。」という記載が加わりました。

海外支店の従業員が外国公務員に贈賄を行った場合には、端的に日本本社の従業員による贈賄がなされたことになるため、日本本社に対して両罰規定が適用されることになります。この点は従前からの解釈が明確化されたもので、特段新しい解釈になったというわけではありませんが、海外子会社と海外支社の区別を改めて押さえておく必要があります。

さらに、海外子会社が日本本社から統制・監督を受けていないとしても、海外子会社従業員と日本本社従業員が日本国内で共謀した場合、共謀の存在も罪となるべき事実の一部であり、かつ、これによって、共同正犯の罪責が認められることから、構成要件の一部の実行地が国内であると言えるため、実際の外国公務員贈賄が海外で行われていても、国内犯と考えられ、海外子会社従業員と日本本社従業員の双方に外国公務員贈賄罪が適用されると従前より指摘されていましたが、本指針39頁に「この場合、利益の供与が国内本社の業務に関して行われたと認められる場合、両罰規定により国内本社が処罰され得ると解される」という記載が新たに加わりました。

これらを踏まえ、共犯関係に応じた海外子会社従業員・日本本社従業員への外国公務員贈賄罪の適否、および日本本社への両罰規定の適否に関する本指針の整理をまとめると、以下の表のとおりとなります。

(4)外国公務員贈賄罪の適用事例のアップデート

第4に、外国公務員贈賄罪で訴追された事例が、2023年9月時点の情報にアップデートされました。本指針41-45頁の整理をまとめると、以下の表のとおりとなります。

(5)外国公務員贈賄防止体制の構築に関する記載の充実

第5に、外国公務員贈賄防止体制のうち、特にリスクベース・アプローチに関する記載を大幅に加筆し、充実させています。

リスクベース・アプローチについては、「危機管理INSIGHTS Vol.2:外国公務員贈賄規制の勘所②-リスクベース・アプローチに基づく体制の整備・運用-」で解説したとおり、贈賄リスクが国や事業分野等によって異なる実情の下で効率的に贈賄の予防策を講じるために有用ですが、本指針8-9頁において、その趣旨を明確化する旨の修正がなされています。また、贈賄リスクの特定方法として、「進出国の贈収賄罪に関する法令や贈収賄の実態を含め、社内外から十分な情報を収集する。外国の法令や慣習の情報収集を個々の企業が行うことが困難な場合には、各国の事情に詳しい現地の商工会議所を活用することや、進出先国毎に企業が参集して研究を行い、情報を収集・整理することも考えられる。また、社内での情報収集にあたっては、海外の事業部門・拠点の役職員に対するヒアリングやアンケート調査による情報収集を行うことが考えられる。」、「特定された贈賄リスクの高低の評価にあたっては、各贈賄リスクの顕在化の可能性や顕在化した際の影響度をもとに判断を行う。」といった具体的手法が加筆された点も注目に値します。

3. 望ましい企業対応

本改訂を踏まえて、企業としては自社の贈賄防止指針やコンプライアンスプログラムの内容のアップデートの要否を吟味するとともに、本改訂を良い機会として、外国公務員贈賄防止に関する社内研修を行うことをご検討いただくとよいと思います。

また、東京オリンピック・パラリンピックに関する贈収賄をはじめ、国内の贈収賄事案も相次いでいるところ、贈賄防止全般の社内体制の見直しや社内研修を行う必要性も高まっていると考えられます。

本稿がそのための一助となりましたら幸いです。


Author

弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、ESG/SDGs、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。

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