見出し画像

水火社天神天満宮『シロクマ文芸部』

花吹雪がちらほらと舞い、春風そよぐ京の都。あちらこちらで桜が花開き都中が桃色に染まる頃、埃だらけの装束を身にまとう一人の若い侍が一歩一歩踏みしめるように歩いています。

彼の名は真鍋藤吉郎。幼い頃から剣術に打ち込み、将来は自分も侍となることを夢見ていました。
しかし、ある日禁裏での高官であった父が殺害され、敵持ちとなってしまいました。そして自身が望んだわけでもないのに、仇を討つための旅に出ることとなりました。

それからは苦難の連続です。手持ちの金子はとうに底をつき、剣術の腕はあっても糊口をしのぐのが大変です。
幾年も旅を続け、ようやく仇を見つけた藤吉郎でしたが、もはや仇に対する恨みや憎しみもなく、ただ長く続いた旅を終わらせたい一心でした。

ようやく仇は討ったものの、長い旅暮らしで剣術の上も鈍ってしまったのかもしれず藤吉郎も手傷を負ってしまいます。

「これでやっと母や妹の待つ家に帰れる」

長い旅路の果てに私は何を得られたのだろうか。
自問自答を繰り返しますが答えなど容易に得られそうもありません。

ようやく実家の近くまで戻ってきたのですが、負った手傷が癒えずもう一歩も動くことが叶いません。

力尽き地面に倒れる藤吉郎が眼にしたのは舞い散る桜の花びらでした。
まるで雪が降るかのように、無数の桜の花びらが空を舞っています。
藤吉郎は息をするのも忘れ、その美しい光景に見とれたのです。

「なんて美しいんだろう…」

藤吉郎は仇討ちに奔走する人生だったため、こんなに美しいものを見たことがありませんでした。
桜の花びらは、まるで藤吉郎に寄り添うように、優しく彼のまわりに降り注ぎます。

「私はもうだめだ。母上、先立つ不孝をお許しください。父の仇は討ち果たしましたので、これからはごゆるりとお過ごしになれますよ」


母や妹に一目だけでも会いたかったなぁ。


藤吉郎はゆっくりと目を閉じ、そして静かに息を引き取りました。

藤吉郎の亡骸は、桜の花びらに包まれていました。
それはまるで桜が藤吉郎を優しく抱きしめているようでした。


この桜は今も咲き続けています。それが水火天神社の桜です。
仇討ちの旅に出た息子の無事を祈るため、母親と妹が毎日通った神社でもあります。
しかし、息子が仇討ちの旅に出てしまい、働き手がなくなった実家に援助してくれる親類や縁者はありませんでした。
その為、母は慣れない内職をすることになり、それでも賄いきれなくなると武家の誇りもかなぐり捨て、他家の下働きをするようになります。
しかし無理が祟り身体を壊してしまい、呆気なくこの世を去ります。
残された妹は、ある日どこの誰とも知れぬ輩に拐かされてしまい、苦界に身を沈めたと噂されるようになりました。
実家に残された家族の惨状を知らずにこの世を去った藤吉郎はある意味幸せだったのかもしれません。
また、息子の死に際して寄り添った桜の花びらは母や妹だったのかもしれません。

昨年の水火天神(現水火天満宮)の枝垂れ桜

水火天満宮は都の水害・火災を鎮める為に、第六十代醍醐天皇の勅願により水火社天神天満宮として、菅原道真公の神霊を勧請し西陣下がり松の地に建立されましたが、天明の大火で焼失し、昭和25年、元の悲田院の現在地、堀川紫明通近くに移転しています。
水火天満宮は「日本最初の天満宮」と号する所以は、天皇の勅命にて神号を賜り、天満宮とした事と、 初めて道真公の神霊を勧請した事によります。

尚、水火天満宮は実在し、地元の桜の名所となっていますが、物語はすべてフィクションです。

今回も参加させていただきます。
小牧幸助さま よろしくお願いいたします


#シロクマ文芸部 #花吹雪 #京の都 #敵持ち #仇討ち #舞い散る桜の花びら #水火天神社 #苦界 #水火天満宮 #醍醐天皇 #菅原道真 #フィクション

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?