天真爛漫な彼女とちょっと根暗な僕 8
第八話
学校で約束した通り、僕は杏と一緒に帰り路を歩いている。家に帰ってゆっくり話すことができればいいが、いきなりギューってされれば非力な僕では抗えないかもしれない。それにしても相手の顔を自分の胸に埋めるなど新しい技かもしれないが、我が身を切るようなやり方だな。でも杏の習い事に格闘技はあっただろうか?
それから、さっきの放送室の出来事はどうやって切り出そうかなぁ。
ある日の学校の帰り道
「カッチン、夕飯の買い出しに行こうよ」
「冷蔵庫に何かと入ってると思うぞ」
「でも何があるか分からないし、あるもので適当にってほど器用じゃないんだよ私。だから買い出し行こ」
小さい頃から杏とは色んな遊びをしたし、互いの両親に色んなところにも連れてってもらったけど、二人でスーパーへ買い出しに出掛けるなんて初めてのことだ。
「杏、これから行くスーパーに杏は売ってるか?」
「私はここにいるからスーパーには売ってないわよ」
ちょっと頭痛が……。
「そうじゃなくて、僕はフルーツの杏の実物を見たことがないんだ」
「そっちか、確か初夏が旬だったと思うから今はないかも」
「そうか」
「一応フルーツ売り場を覗いてみようか、ドライフルーツのアプリコットはあると思うんだけど」
「ドライフルーツではなぁ」
「それより今が旬のこっちの杏はいかが?」
また揶揄いが始まった。たまにはやり返してみようか。
「こっちの杏は今が旬なのか?」
「いつでも食べ頃ですよ~」
「じゃあ今夜食ってみっか」
一瞬杏が固まったように思った。
「カッチン、今夜おじ様もおば様も出張でお留守なんだよね?」
「そうだよ」
「じゃあ私今夜泊まるから」
「なんでそうなる?」
「だってカッチン、杏食べたいって……」
「冗談だって。いつも揶揄われてるからお返しだと思って」
「なんか話あるんでしょ? 私も話あるし、明日休みだし、夕飯の後ゆっくりできる方がいいし、やっぱり泊まるよ」
「親不在の時に泊まるのはマズいんじゃないか」
「じゃあウチ来る?」
「意味が分からん」
「ちゃんとお母さんの了解取るから。それならいいでしょ?」
おばさんの了解を何とか取付け、強引に泊まることにしたようだが、考えてみれば何かと二人でいることは結構多いし、頻繁ではないが高校に入ってからも何度か泊まってるし、親不在が引っ掛かるが特別なことではない。
「杏、さっき告白された」
「告発? カッチン何やらかしたの?」
「告発じゃなくて告白」
「誰が誰に?」
「クラブの後輩の平井さんが僕に」
「やっぱり放送部までついて行けば良かったわね。カッチンの邪魔になるかもしれないからと思って遠慮したんだけど」
「どうしてそうなる?」
「私が一緒にいればしっかりガードしてあげられたと思うんだ」
なるほど、それは一理ある。
「それでどうなったの? きっぱり断ってきたんでしょうね?」
「同じクラブ員だから事を荒立てたくないんだよね」
「どうして?」
「部活でしょっちゅう顔をあわすだろ? お互いに居づらくなるのは避けたいんだ」
「じゃあどうすんのよ。あっそうだ、彼女がいることにすればいいじゃん。私がその役してあげるよ」
「それは無理。彼女はいないって言っちゃったし、杏は幼馴染で心に決めた人がいるみたいって言っちゃったから」
「その心に決めた人が実はカッチンだったってことにすれば?」
「そんな都合のいい話、誰も信じないよ」
「私は信じるわよ」
「杏が信じてどうすんだよ」
「それもそうね」
「それからさぁ、松村さんにも付き合わないかって言われたんだよね」
「それは知ってるよ、だからあの時、席を替わって守ってあげたじゃない」
あれはそういうことだったのか。
「もう一ついいか?」
「何?」
「吉川さんの流す噂がとんでもなく広まってるようなんだよ」
「どういうこと?」
「吉川さんがあちこちで言ってるらしい僕がおっぱいのオーソリティーとかスペシャリストって話は知ってるよね?」
「詳しくは聞いてないけど大体のところはね」
「さっき平井さんに言われたんだけど、僕の背中に抱きつくとおっぱいが大きくなると一学年下で噂になってるらしいんだ。きっと吉川さんの噂話が原因だと思うんだけど」
「それが事実なら胸が小さいことで悩んでる女子には喜ばしいことよね」
「へ?」
「あっそうか、私の胸がこれほどになったのもカッチンの背中にしょっちゅう抱きついてたせいか」
「そこは否定しろよ」
「だとすれば、これからカッチンの背中は忙しくなるから、今のうちに抱きついておかないと。今夜は独り占めだ!!」
「いやいや、お願いだから否定して」
「とにかく梨香にはこれ以上広めるなって釘さしておくよ」
「それは助かる」
「カッチンがこれ以上人気者になって忙しくなったら私が困るからね」
別に僕は人気者じゃないんだけど。
「それから芙美にも本当にカッチンのことが好きなのか真意を聞いておくよ。本当に好きなら早めに潰しておかないとね」
今何と? 早めに潰す?
「あとはクラブの後輩君か。カッチンは付き合う気ないのよね?」
「うん」
「胸が小さいから?」
「エッ?」
「やっぱ私くらいじゃないと満足できないよね」
何言ってんだ杏は?
「それを条件にすれば?」
「条件?」
「杏くらいの胸になったらねって」
「そんな傷つけるようなこと言えるわけないだろ」
「そうよね、豊胸手術って手もあるものね」
会話が嚙み合わなくなってきたなぁ。
「彼女に恥ずかしい所見せるとか?」
「・・・・・・」
「アハハ、今変な想像したでしょ? そうじゃなくてオッチョコチョイなところとか、どんくさいところとか、むっつりスケベなところとか、メチャクチャ細かいところとか、誰かれ構わず後ろから抱きつかれて喜んでるところとか、情緒不安定かと思うほどムラッ気のあるところとか、彼女いない歴と実際の年齢が同じところとか、・・・がちょっと右曲がりなところとか、私のことが大好きなところとか。とにかく彼女が引いてしまうようなところを見せればいいんじゃない?」
「それだけ並べられると最低の人間になったような気分だよ」
「私はそれを含めてカッチンだと思ってるけど他の人じゃどうかな?」
最低の人間の部分は含めないでほしいな。
「じゃあ、話の続きは夜にゆっくりとね。さっさと買い物済ませちゃおう」
フルーツ売り場に杏はなかった。
大きな杏は隣にいるのにな。
つづく
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