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日本は監視社会だった?

近所を歩いていると、マンションの駐車場に
「予約制 管理室まで連絡を」
看板が立っていた。
少し前までそんな看板はなかった。
都会のマンションでたまにあるトラブルらしい。
来客用駐車スペースを占用してしまう人。
看板を用意しなければならない状態になってしまったのだろうか。

田舎では車が必須だ。
そうなると当然駐車場も必須なのだ。
まぁ、それなりに土地はある。
田舎の人は駐車が下手だったんだなと思う。
東京に出てきて駐車場を見たとき、
え、ここにとめられる?
そう思ったものだ。

私はかなり田舎に住んでいたので、駐車場に困ったことはなかった。
もちろん持ち主はいるのだが、空地に車を停めさせてもらうことがよくあった。
近所の人もよくお借りしていた。
うちの駐車場の前に工事車両が止まっていて車を入れられないことがあった。
何時間だし、空地に停めさせてもらって工事が終わってから移動しようと思った。

数時間後、空地の持ち主が訪ねてきた。
「うちの空地に車と待ってるけど、どうかした?」
「あっ!すみません。忘れてて!」
「(笑)。そうだったんだ。」
「工事車両が停まってて、うちの駐車場にいれられなくて。
そのまま忘れてました。申し訳ない。」
「あ、なんか工事してたね~。倒れてるかと思って。」
「今、動かしますね。」
とても気さくでいい人だった。

ある時、近所のAさんが
「私には駐車場を貸してくれない。」
と言い出した。
「いや、そんなことないでしょ。」
いろいろ話を聞いたが納得いかなかった。

数日後、空地の持ち主に会ったので聞いてみた。
もしかして、駐車場お借りするの迷惑っだったのではないかと。

そしてわかったこと。
Aさんは、空地を借りておきながら持ち主に挨拶していなかったようだ。
持ち主だという認識も薄かった?ようだ。
みんな使っているから私も当然使っていいよねというように取っていたようだ。
私は、「親戚がたまに来るときお借りしますね。」ということを伝えていた。
また、町内会の行事もできるだけ参加していた。
空地の持ち主は、町内にも詳しく、
「今回はこういう事情があって無理です。」
と言っても、うまく対応してくれる方だった。
Aさんは町内会にも無関心だったようだ。

Aさんに私がどういう風にしているか、こういう風にすればいいと思うとアドバイスした。
空地の持ち主だって、コミュニケーションが取れていない相手と駐車場トラブルは避けたいだろう。

視点によって見え方が変わる


監視社会というより、信用社会。
空地の持ち主は、私を信用して車を停めさせてくれていたと思う。
しかし、Aさんは自分の権利と思っていたのではないかと思う。
私が空地に車を停めたままにしたとき訪ねられたことは、監視されていると取るかもしれない。

マンションの来客用駐車場を使う権利はある。
だが、いつでも私が好きな時に使えるわけではない。

昔からこういうタイプの人はいたと思う。
どうして注意されたのかわからないまま、怒りを溜める。
どうして私だけ、私は監視されていると。
このタイプの人の声が大きくなったのが現代。

自由のない田舎から飛び出して、都会で自由になったのか。
それともルールに縛られる都会に来たのか。
人それぞれの考え方次第なのだろう。

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