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なんのために勉強しないといけないの?と聞かれたらどう答えるか。

我が子からではないのですが、先日とある子どもから 「なんのために勉強しなきゃいけないの?!」と聞かれました。
うわ、これは難しい質問だなと...。

勉強をしたからって幸せになれる保証のない時代だと思うし、でもそんな厳しい世の中だからこそ、勉強をしていないとスタートラインに立てないなんてシビアな考えを押し付けてくる大人もいるよね。

「可能性を広げるため」とか、「選択肢を増やすためだよ」っていうのは、勉強が多少でも好きな子どもにとってはモチベーションになるかもしれないけれど、勉強することが辛い子どもにとっては、そんなボヤっとした理由で「よし!勉強するぞ!」とはならないだろうなと思う。

「将来のため」という動機は、貯金と同じで、今現在にほんの少しでも余裕がある人に対してじゃないと上手く機能しないんじゃないかという気がしている。
勉強が辛くてたまらない子は、そう言われるとかえって追い詰められるよね...。好奇心とか知識欲とかは、基本的には誰にでもあるんじゃないかなと思うけど、押し付けられると嫌になって反発したくなっちゃうのは大人も同じなんだよね。

しばらく考えて、「うーーん、今勉強していることが、大人になってもみんなが使う知識かと言われたら、確かにそうじゃないかもしれない。必要じゃないかもしれないことを勉強しろって言われても疑問に思っちゃうよね。」
「でもいつか何かの仕事に就いた時に、まぁ別に仕事じゃなくても良いけど、なにか好きなことができたら、きっとそれをもっと上手になりたいと思うし、大人になっても一生学んでいくから、今勉強してるのは、勉強をする方法を練習をしてるんだと思う。」と、いうのが自分の中でしっくりきたのでそう伝えてみた。

納得したような、してないような顔で「それでも勉強したくないー!」って。

大人はなんかそれっぽいことを言うから、反論しにくいよね。ごめんね。
でも正直な気持ちを伝えてくれる関係のような気がして嬉しかった。

老子か何かの言葉に(俗説かも?)、「授人以魚 不如授人以漁」(魚を与えるより魚の釣り方を教えるほうが良い)というエピソードがあると思うけど、魚の美味しさを知らなかったり、魚を欲しがっていない人に、釣り方を教えても押し付けがましいかなと思ってしまう。私はお魚美味しいと思うけれど、それを全力でおすすめする自信がないのかも。

世の中にはお肉とか野菜とか果物とか美味しいもの色々あるから、とりあえず釣りを練習してみる?みたいな感覚。


この質問、どう答えるのが良かったのかな。色んな人に意見を聞いてみたいな。

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