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一統後の刻石と書物


◉巡行と刻石

始皇29年(前218)仲春の二月に東方の地へ第三回目の巡行。山東半島の之罘山(しふざん)に登り、二つの石に自らの顕彰文を刻んだ。之罘刻石の冒頭「維れ二十九年、時は仲春に在り、陽和方に起こる。皇帝東游し、巡りて之罘に登り、臨みて海に照らす」と刻まれた。

・刻石の文章は直接石に彫ったのではなく、あらかじめ木牘に顕彰文を記してあったと想像される。

・七刻石のうち、現存するものは、泰山刻石の断片と、琅邪台刻石の一部だけである。

・その文章は李斯が作文していたと言われている。そこには意外なほどさまざまな思想がうかがえ、李斯一人の発想ではなかったと思われる。「呂氏春秋」の三部作に近い内容。


・家の秩序
「壹家天下、兵不復起」嶧山刻石
「今皇帝併一海内、以為郡縣、天下和平」琅邪台刻石
天下の民が一家族のように意識すれば、戦争など起こらないという意味合い。

・普天の下
「普天之下、傳心揖志」琅邪台の刻石
普天の下、心を傳(もっぱらに)し、志を揖む。
(あまねき天の下では、心も志も一つになる。)

これは『詩経』小雅の谷風之什、北山という詩にある「薄天之下、王土に非ざるは莫く、行きつく地の果てまで、王臣に非ざるは莫し」という一節をふまえたことばである。

続く、「器械一量、同書文字」も始皇帝による度量衡、文字の統一の意味ではない。「日月所照、舟輿所載」(日月の照らす所、舟や車で行ける所)も、「墨子」尚覽下などに見えることば。古典のことばを引用して始皇帝の天下の広さを示すものとした。

・義戦
刻石では秦が東方六国と正義の戦争を行ったのだと主張することばが多い。『呂氏春秋』の『十二紀』に見える戦争論ではあるが、過去の戦争を露骨に正当化し、より東方六国の王の暴政ぶりを強調したものになっている。

勝利者秦の一方的な勝利宣言であり、敗者の六国の人々の心情を損なうものであったために、刻石が半分以上欠落しているなどは、東方人によって破壊されたものと考える。

「六王専倍、貪戾慠猛」会稽刻石
(六国の王は理に背き、欲深く傲慢である)

「六國回辞、貪戾無厭、虐殺不已」之罘刻石
(六国の王は邪悪であり、欲深さは厭くことなく、虐殺もやまない)

「禽滅六王、闡并天下」東観刻石
(六国の王を家畜のように殺し、天下を併せた)

・刻石の文では複数で六国の王を殺したと書いてあるが、実際には六国の王を殺すことはせず、追放にとどまっている。


◉鄒衍「五徳終始」の書

戦国斉の宣王のとき騶子(鄒衍)がこの書を著し、斉人が始皇帝に奏上し、それを採用して政治に取り入れた。
「五徳終始」「終始」「大聖」「主運」
始皇帝は征服した東方由来の思想を抵抗なく受容し、二つの壮大な時空間を得た。
「五行相生説」と「五行相克説」である。


◉吏道の書

『為吏治官及黔首』より

・「慈下勿陵、敬上勿犯」(下を慈しみ陵ぐ勿れ、上を敬い犯す勿れ)部下を慈しんで、強圧的にならず、上司を敬って地位を犯してはならない。

・「聴諌勿塞」(諌むるを聴き塞ぐ勿れ)

まず他者の意見を謙虚に聞く姿勢が求められていた。


・「言毋作色」(言は色を作(な)す勿れ)言葉は飾るな。『論語』学而第一の「巧言令色、鮮(すくな)きかな仁」(ことばが巧みで顔色を飾る人には仁が少ない)に通じる。


・「択言出之、醜言出悪」(言を択びてこれを出し、醜言は悪を出す)ことばは選んで使うべきで、きたないことばでは悪い心が相手に伝わる。配慮の大切さを述べている。「毋誹謗人」(人を誹謗する勿れ)も同様。

・官吏は業務上民衆の力に配慮しなければならず、実務能力が求められ、官吏の誇りや名誉までも言及している。
「長不行、死毋名」「中不方、名不章」
年長者になっても行いが悪いと名声は残らない。心の内が不正であれば名声は残らない。

・こうした吏道がどこまで浸透したかは現実の政治問題である。ただ吏道の精神は、法治という法の厳格な支配ではなく、民の生活を重視した徳治に近い考え方であった。


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次回は「焚書坑儒における韓非の書との関わり」から、続きを書いていきます。

2200年前の他国でも、人が日々感じる心情は同じで、敬うべきもの、慈しむべきもの、そういった、人の思想は普遍なものがあると感じた。

始皇帝と李斯が同じ頻度で出てくるのだが、李斯が秦王を始皇帝にし、六国も秦王朝も制していたのではと思うくらい、存在が大きく映し出されている。始皇帝のオーラの大きさと心の深さ、李斯の頭脳と人間性が合致したからこその「天下一統」だったのでは。

前書も本書も戦の方は全く出てこないです。

刻石がなかなか面白かった。
傲慢すぎる勝利宣言は敗者としては是非とも勝者の残す刻石などは壊したくなりますね。

青銅、竹簡、銭、封泥など書かれるものによって、字体が異なり、八体の文字を使い分けていたとのこと。「大篆、小篆、刻符、摹印、著書、殳書、隷書」

この八体はこの文字を扱う「史」の試験に出題されるので暗記するように。

ハンコによく使われる字は篆書かな。
隷書はよく書道で書いた覚えがあるな。













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