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実践小説!!野宿&ヒッチハイクで九州一周2/6

3日目は快晴と誰もが口に出して言いたくなるような天気になった。雲は探さなければ見つからないという空だった。

スケッチブックを取り出し、ここから50キロ程先の街の名前を書いた。温泉で暖まり、朝食を済ませ、寝不足だけれど、体調は良かった。

スケッチブックに書いた、その街はいわゆる県庁所在地で、田舎の街からでも行く人は沢山いるだろうと思い、50キロ先だが書いてみた。まだどれくらいの距離までヒッチハイクというものが可能なのか分からなかった。

どれくらいの時間でヒッチハイクが出来るのかも分からない。何時間も掛かるかもしれないし、すぐに出来るものかもしれない。

不安からか緊張からなのか、やけに喉が渇いて、自動販売機で買った水をゴクゴクと飲み干しながらどういう所がヒッチハイクが出来そうな所か考えてみる。

まず、地図をみて、この道だったら行く可能性があるだろうという道を選びそこまで移動した。

ヒッチハイクしている人間を乗せようとする人はたぶん優しい人なのでは無いかと思った。だから僕を乗せるために後ろの車が詰まってしまうような場所では、停まらないのでは無いかと考えた。

走行中に僕を発見し、車をスムーズに停める事の出来るスペースがある所でヒッチハイクをする事にした。車を停める事が出来そうな所から10m程手前で距離を取ってみた。これならスピードを有る程度出していても、僕を確認してから停まる事が出来るはずだ。 

そして、すぐに停まってくれた車に乗り込む事が出来るように、リュックを足下に降ろし、リュックが来る車から見えるようにした。 

この大きなリュックを持っていると、色んな人に話しかけられるのが分かっていたので、見せる事でヒッチハイクだとすぐに認識してもらえるようにしたのだった。

胸の位置にスケッチブックを掲げ、勇気を出して初めてみた。

片側一車線ずつの小さな道路だけれど、それなりの交通量があった。 大きなトラックが通る事もあれば、軽自動車やバイクが通る事もある。

5分やってみたが、ダメだった。通った車は30台ぐらいだろうか。車の運転手の方に目を向け、少しハニカミを見せ、こちらを見たり、少しでも反応を示す人には、小さく会釈もした。だが、5分ではダメだった。

一時退却。思っていた以上に恥ずかしい…。知っている人間が通る確立は凄く低いだろうが、色んな人にヒッチハイクしているのを見られるのが想像以上に恥ずかしかった。

僕が目に入り、ヒッチハイクだろうと認識し、笑う人。首を傾げる人。全く見なかったものとして通りすぎて行く人と、色んな人が居た。

しばらく悩み、立ち位置をもっと前にしてみた。車が止まる事が出来そうなスペースから15m程度、離れた所まで移動した。ここは丁度カーブが終わった所の道なので車はそれほどスピードを出していなかった。

初めてのヒッチハイク、折れそうになる気持ちを奮い立たせて色々と試してみる事にした。色々と実験する事で、恥ずかしい、不安などの考えを思考のすみに追いやる事にしたのだった。

場所を少し移動し、更に10分を経過したが、まだダメだった。目的の車線に車が途絶えた時には反対車線にも見えるようにもしてみたが、ダメだった。

ヒッチハイクで九州一周は思っていたよりも難しいものなのでは無いかと、不安になりながら、スケッチブックに書いていた目的地を変更してみる事にした。少し遠過ぎたのかもしれない。

今居る街から目的地の街までの半分に位置する街の名前を書いてみた。また、同じで場所で目的地を変えたスケッチブックを掲げ、少しハニカミ、目が合った人には軽く会釈をしながら、恥ずかしさをこらえながら頑張った。

 目的地を変え、10分程たった頃。一台の車が停まった。

 自らヒッチハイクをしておきながら、え?嘘・・・と、数秒戸惑い。本当に、僕を拾うために停まったのだろうかと半信半疑のまま、荷物を抱え車の方に近づいてみた。

 社用車として使われている事が多い、白いハッチバックの車の中に、ヒゲを蓄え、その髭にうっすらと白い髭の混ざった、50代ぐらいのおじさんが助手席の鍵を空けて、こちらを見ながら、乗れ!乗れ!と手招きをしてくれていた。

 「ありがとうございます!!」

 と大きな声でお礼を言いながら、助手席の扉を開け、乗り込んだ。

 「おうぅ!ヒッチハイクか?最近、珍しいな〜」

車に乗り込んですぐ、大きな声と満面の笑みで僕を受け入れてくれた。

 「ありがとうございます!実は人生初のヒッチハイクです。」

 ヒッチハイクで九州一周をしている事。昨日、駅で野宿した事。人生初のヒッチハイクが30分掛かった事。僕の事をひと通り話しした。

 おじさんも、小さいながらも1軒の焼肉屋を経営している事。ヒッチハイクはしたことは無いが、趣味のバイクで色んな所に行った事。仕入れのために、この街まで来て、これから店に戻るところだった事など、ひと通り話してくれた。

 運が良く、僕が始めに目的としていた鹿児島市内にお店があり、そちらまでこれから行くとの事だったので、県庁所在地のその街まで乗せてもらう事にした。途中、実家に寄ると言うことで、そこにも一緒に行くことになった。

 「若いっていいな〜。もう少し若かったら俺もやりたいな!」

 と、おじさんは何度も繰り返し言った。

 「あれだろ?その旅が終わった頃に、自分に何かが乗り移りそうな気がするんだろ?」

 と言われたのは図星だった。

 おじさんに言われたとおり、僕はまだこの旅の目的をはっきりと出きていなかったのだ。車に乗せてもらった人になんで?と聞かれたらなんと答えたらいいだろう・・・と気になっていたのだが、何も聞かずに理解してくれたおじさんの優しさが嬉しかった。

 

 ただ、この素敵なおじさんへの対応で困る事があった。

 ニコニコして僕の話を聞き、運転中なのに身振り手振りで楽しそうに話すおじさんは、時折、思い切ったボケをかます人だった。そして、そのボケをかました後に、ほら!早く突っ込んで!という顔をしてくるのだ。

 車に乗り込んで、バイクの話をしている時だった。

 「この間、新しくバイクを買ったんだよ。これから色んな所に出かけたいな〜って思ってるんだけどな。その前にバイクの名前を決めてあげなきゃかんな〜って思っててな」

 「え、あっ、そうなんですか。」

 「それで、今一番有力なのが”アイボー”だ」

 ここで僕の方を物欲しそうな目で、チラチラ見ながら、口を閉じ、僕が何か言うのを待っているのだった。数分おきにこんな思い切ったボケをかまし、物欲しげな顔で僕を見つめてくるのだった。

 僕は、まだ会ったばかりで車に載せてもらっている身として、どういう意図でこの思い切ったボケをかましてきているのか分からず、

 「相棒から来てるんですね」

 と、思い切ったツッコミも否定もせずに、やり過ごそうと、するのだけど、ちょっと物足りないな〜という顔をしてからまた別の話を話し始めるのだった。何が正解なのか分からなかった。バイクに名前を付けるという時点でしっかりとツッコんでおくべきだったのかもしれないし、相棒=アイボーというネーミングセンスもツッコんでおくべきだったのかもしれない。

 その後も、そんなやり取りが何度かあった。

 以前、おじさんが友人達との飲み会の席で、お酒を飲み過ぎた時の話なのだが。スナックの若いお姉ちゃんにふざけてセクハラをしたら、相手も冗談交じりでビンタして来て、そのビンタの矛先がずれ、テーブルに置いて有ったグラスに当たり、おじさんの股間を濡らしてしまったのだ、でも若い子に触られて嬉しかったそうだ。

 しかしその話を一緒に居た友人が、人が集まるたびにみんなの前で話していたらしく、おじさんは何か言い返してやろうと考え。

 「お前がしていることは、俺が流し忘れたウンチを、周りの奴らに『ほれ、アイツのウンチだぞ!臭いウンチだな〜』って見せて回っているような物だぞ!このウンチ野郎め!って言ってやったんだよ」

 また、例のごとく物欲しそうな目で僕の方をチラチラと見ながら、口を閉ざし待つのだった。

 「流し忘れるおじさんも、悪いですね」

 僕が少し、踏み込んで返してみると、ぬおっという顔をした後、ニタニタと笑いながら、

「まぁそうだな。そいつはウンチ、ウンチうるさいよって言ってたよ」

 と、言いながら、しばし考えこむのだった。

 どうだったのだろうか・・・考え込みながらニタニタしてるから、多分良かったんじゃないだろうか。その珍発言の後からも更に上機嫌になっていたので、間違いでは無かった様子だ。

 どちらにしても、明るく自分の恥ずかしいところを平気で笑いに出来るおじさんに出会えたのが嬉しかった。

 僕の出発がもう一日遅かったら、ヒッチハイクを始めるのがもう30分遅かったら、と考えると、ツッコミ待ちをする素敵なおじさんとの出会いがすごく嬉しくなった。

 何度目かのおじさんのツッコミ待ちを、一足突っ込んで返した頃、途中のおじさんの実家に寄る事になった。おじさんの両親が2人で暮らしているらしく、時折買い物などをして届けに来ているという事だった。一緒に車を降り、荷物を運ぶのを手伝った。

 おじさんと、おじさんの両親はそっくりだった。だいぶ年配で、耳も遠いようだったけれど、僕が運んで来た荷物を何度もありがとうと言いながら、嬉しそうにすぐに冷蔵庫にしまった。

 おじさんは僕の事を説明するでも無く、少し素っ気い素振りで、

 「そろそろ行くから、また必要な物があったら、書いておいて」

 と、おばあちゃんに言いながら、僕に行くぞと目で合図をして、おじさんの実家を後にした。

 「ごめんな。俺、親苦手なんだよ。」

 車に乗り込んで、もう50歳には達しようかとしているおじさんの発言に驚かされた。また、恒例の珍発言だろうかと思ったぐらいだ。

 だが、ちょっと恥ずかしそうに話していた。僕もなんとなく気持ちがわかったので、深く頷いた。

 「本当の事を言うと、僕も親に九州一周している事を言ってないんですよ。仕事で1ヶ月ぐらい出かけて来るとしか話をしていないんです。」

 おじさんはちょっとビックリした顔をし、何か言いたそうだったが、深く頷いてくれた。

 こんな話、誰にもしたことないんだけどな、と前フリを置きながらおじさんが話してくれた。

 「別に、俺の家は裕福でも無ければ、食うに困る程貧乏って訳でもないんだよ。農家だったしな。でもなんかな〜。昔から一生懸命働いてくれている親に感謝の気持ちはあったんけど・・・なんか恥ずかしくてな。みんなから好かれている親で俺も小さい頃は好きだったけど、都会でスーツ着て働いている人と違って、汚れた服だったしな。それに、遊ばず毎日、真っ黒になって汗をかいて働いてて。それでもそんなにお金は無くて。家も車もボロかったし、なんか俺はこんな風にならないぞ!なんて思ってたんだよな〜。」

 おじさんは、今までのニコニコした顔を少しだけ崩し、少し照れくさそうにしていた。いつもニコニコしている笑いジワのせいか、笑顔を崩してもシワがくっきりと残っていた。

 僕は、おじさんの気持ちを崩さないように、ゆっくりと小さく頷き、おじさんの言葉を待った。

 「まぁ。俺らの頃は自分の故郷で、親の後を継いで〜って人がほとんどだったんだけど。田舎だったしな。それが当たり前だったんだよ。でも、俺は親みたいに生きたくなくて、高校を卒業してから逃げるように都会に行ったんだよ。子供や人のためじゃなくて自分の人生を生きてやるって言ってな」

 そうなんですか。と言って僕はおじさんの続きを待った。

 「でも、この歳になって思うんだけど、結局、俺のやってる事も性格も親の焼き増しばっかりしてるな〜って思ったんだよ。あの頃は貧乏や不幸とか幸せのループは代々続くんだ!なんて思って、俺は家から逃げて別の所でモガイてやるって言ってたんだけど。酒飲んだりしたら父親と同じような事ばっかり喋るようになってるわ。俺がやろうとしている事は親父も昔同じ事をしようとしてた事がわかるわ。」

 「DNAってやつですか?」

 「そうだな。そうかもしれない。年々似ていく自分が嫌になる時もあるけど、それが嬉しい時もあってな。」

 おじさんはそこまで言うと、

 「まぁ、あれだ。こんな歳のおじさんが親と仲良くする事をまだ恥ずかしがってんだ」

 と、またさっきまでのニコニコした顔に戻り、運転中なのに僕の方に顔を向け、豪快に笑った。

 多分、照れ隠しもあったんだろう、ちょっとお腹すいたな。と言いながらおじさんはコンビニにより、僕の分とおじさんの分の飲み物とパンを買ってくれた。僕は出そうとしたが

 「そんなにお世話になれねぇよ!」

 と、また珍発言をいいながらご馳走してくれた。

 「いや、逆ですよ」

 と言うと、またニコニコとするだけで答えは返って来なかった。

 時間は大丈夫だろうかと気になったのだが、おじさんは途中、吹上浜というところに止まり、案内してくれた。

 結構好きな場所でよく来るところなんだ、とおじさんに紹介されたそこは、松林が広がっていた。松林の手前に設置された駐車場に車を停め、その松林の間をおじさんと一緒に歩いた。

 先に進んで行くと歩道の両側から松が延びており、綺麗に手入れされた松は、人が通るのに邪魔にならない程度に根本から2m程の小枝が剪定してあった。

 その手入れの行き届いた松が歩道の両側を永遠と覆い、枝の隙間から少しずつ光を地面に落としていた。

 適度な感覚を残して植えられた松の小枝達が、どの松の枝の影か分からない程に沢山の影を作り、太陽の光を少しずつ遮り、影の濃さをそれぞれに変え、綺麗なコントラストを作っていた。そしてその歩道は、終わりが見えない程続いていた。

 「晴れの日で良かったな」

 とおじさんは言いながら、永遠続いているかのような歩道から脇に逸れ、木で出来た階段を登っていく。

 僕は、おじさんの後に続いた。小さな階段を登った先に、木でできた展望台スペースが設置されていた。

 おじさんに続いて行くと、目の前には海が広がっていた。小さな展望台と海の間は砂浜になっており、ずっと遠くまで続いていた。 

 横に目を向けると、左手には綺麗な海が広がっていて水平線が綺麗に見え、右手には永遠と松林が広がっていて、遠くの方には山が連なっていた。その2つに挟まれる形で白い砂浜がずっと続いていた。空は青く、近くに見える松林や海や砂浜の輪郭をはっきりと見せ、遠くに見える山や海の輪郭をぼんやりと青白くさせていた。

 僕は表現する術をなくしたかのように、すごい、すごい。と繰り返すだけだった。示し合わせたかのように、徐々に二人共黙り込み、ずっと景色をみていた。

 他の人が来たのを境に二人でニコニコと笑い合い、

 「行くか」

 というおじさんの合図でその場を後にした。

 車に戻ってからもしばし、余韻でぼーっとしながらも、目的地の街へと向かった。

 鹿児島市内へと着いたのは、もうすぐ17時になろうかとしている頃だった。おじさんは家に泊まってもいいんだけど、これから仕事だからな〜待たせるの悪いしな。と申し訳なさそうに言いながら、都合のいいところで下ろしてもらって大丈夫という僕を、自分の目的地よりも先のところまで送ってくれた。

 「この変なら温泉もご飯を食べるところもあるし、大丈夫だろう」

 と、自分の目的地から数キロ先の街の外れの道の駅まで送ってくれた。

 おじさんは、明日はこっちの道でヒッチハイクしたらいいという事まで教えてくれ。僕は用意していた自作の名刺を渡した。

 「今度、近くに来ることがあったら、店に寄ってくれな」

 と言っておじさんも名刺をくれた。

 なんとなく車を降りるのが寂しかったが、おじさんに何度もお礼を言った。

 「俺も楽しかったよ。ありがとう!それに・・・」

 おじさんは少し間を置いて、

 「お前の歳の頃って俺ぐらいになったら、あの時もっと頑張っておけばよかった〜って一番後悔する頃だと思う。だから一瞬でも止まっちゃダメだ!やれる事は今やっておけ!」

 「はい!ありがとうございます」

 「ただ、何をやったら自分が成長できるかって以外と難しいんだ。ただ一つ基準を設けるとしたら、俺は自分の嫌いな事をやることなんじゃないかって思う。これはやりたくないな〜気が重いな〜と思うフィルタに引っ掛かった物のなかから選別してやって行ったらいいよ。そしてすぐにやるんだ。自分に厳しくなるためには、思い立ったらすぐにやる事だ」

 少し真面目な顔で最後におじさんは言い、話終えるとまたニコニコとした笑顔で手を出して来たので握手をした。

 「ありがとうございました!!!」

 としか僕は言えなかったが、おじさんは嬉しそうに、じゃあ!気をつけてな!頑張れよと言い、来た道を戻っていった。

 おじさんが見えなくなるまで、僕はそこに立ち、頭を下げた。

 素敵なおじさんとの出会いに嬉しくなり、降ろしてもらった道の駅の自動販売機でコーヒーを買いベンチに腰を降ろした。

 しばらくおじさんに貰った言葉やこの経験を噛み締めるように頭を働かした。あんな素敵なおじさんになりたいと思った。いつも笑顔で人を明るく元気にしてくれる素敵な人だった。

 今の僕を作っているのは、昨日までの僕でしかないはずだ。明日もっと素敵なおじさんに近づくために、今から意識しようと、心に決めた。

 しばらくコーヒーを飲み終えるまで道の駅のベンチで過ごした。 

 目の前には海と大きな山が見えた。もう夕暮れを迎え、夕日の明かりを受けた海には小さな船が明かりを灯し港に、小さな波を作っていた。大きな山が見える事が名物になっているその街は、少しずつ明かりを灯し始めていて、街の中心から少し離れたこの道の駅も明かりを灯し、閉店の準備が進んでいるようだった。

 僕は地図を取り出し、温泉と今日野宿出来そうな公園を探した。 おじさんが教えてくれた通り、歩いてすぐの所に温泉があり、大きな公園も近くにありそうだった。

 僕は荷物を背負い温泉に向かった。歩いてすぐの温泉は、凄く綺麗でゆっくりとサウナに入りながら過ごした。今日はそれほど歩かなかったので、足もだいぶ楽だった。新しい下着に着替え、すぐ近くでご飯を食べた。

 ご飯を食べながら調べておいた、公園を目指した。

 30分程歩いてたどり着いたその公園には大きな野球場と体育館が併設されており、体育館にはまだ明かりが灯っていた。公園内を歩き回り、今日の寝床になる場所を探した。

 昨夜のコンクリートの悪夢をもう経験したくなかったので、下が木製で屋根があり、出来るだけ四方が囲まれている場所を探して回った。公園内にはベンチは多く設置されていたが、屋根のある場所が少なかった。大きな公園らしく管理事務所やトイレはあったが、少し屋根が張り出しているだけで、その前で寝るには心細かった。

 少し歩いた所に大きな野球場があった。だが、野球場の入り口も小さな屋根が張り出しているだけで、目の前も沢山人が通りそうだった。

 野球場の入り口から少しそれた所に、観覧席への入り口があった。入り口は階段になっており、ロープが一本張られているだけだった。形だけ設置されたロープだけれど、乗り越えて中に入っても大丈夫だろうか、もし見つかって不法侵入とかになったら困る、どうしたらいいだろうと数分悩み、まず様子を見に行こうと決め、ロープを乗り越えて観覧席に向かった。

 立派なその野球場は観覧席もしっかりとした作りになっていた。プラスティク製のベンチが何段にも設置されており、屋根もしっかりと付いていた。小さなベンチは座って野球を見るためだけに設置されており、寝る事は難しそうだった。

 観覧席の下の方に行くと、先ほど上って来た階段とは別の、球場との出入りを繋ぐための階段が設置されていた。そこには人が3人程すれ違う事が出来るぐらいのスペースが設置されており、四方とまでは行かないが三方向からの風を防いでくれそうだった。屋根は有ったが、地面はコンクリートだった。

 しばらく悩み、ここを寝床にする事を決めた。

 この公園に来るまでの間に、レジャーシートを買っていた。どれほどの効果があるのかは分からないが、コンクリートと寝袋の間に敷けば多少の寒さ対策にはなるのではと考えた。レジャーシートを敷きその上に寝袋を広げて寝てみた。

 昨夜と同じだった。始めはそれほどでも無いが、徐々にコンクリートが僕の体温を奪って行った。何度も寝返りを打ちながら寝ようと試みたが、ダメだった。昨夜の寒さで体が固まってしまう感覚を忘れる事が出来ず、体が寝る事を躊躇しているようだった。

 ここで寝る事を諦め、外の場所を探す事にした。野球場をよく観察してみると、小さな来賓席があるようだった。ちょうどキャッチャーの背中から数メートル下がった所に小さな部屋が設けられていたのだった。しかし、そこに行くには小さな柵を乗り越えなければならなかった。僕の腰ぐらいの柵を乗り越える事自体は簡単な事だ。ただ乗り越えて良いものかという葛藤が有った。

 球場の中の来賓席の小さな小屋に入って寝ている人が居たら確実に、警備員は通報するだろう。僕の心は寒さに負けて、柵を乗り越えてしまった。来賓席の小さな小屋には鍵が掛かっておらず簡単に入る事が出来た。横からも上からも風が入って来る隙間は無かった。

 床もコンクリートでは無く、板張りになっていた。

 僕は誰も来る事が無いであろう5時に起きる事を決め、アラームをセットして、この来賓席の小さな小屋の中で寝る事にした。

 もうすぐ日付が変わりそうだった。

【続きは 2/6へ】  

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