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隣の席の若者は、私に枕を差しだした


長距離バスにはよく乗る。

月に1回はこの国の埃っぽい首都まで、片道8時間から10時間かけてバスで往復する。20年ほど住んでいるから、200往復以上はしているんだろうなと思う。


しかし、バスの中で隣の席の人に枕を差し出されたのはその日が初めてだった。しかも、そのお隣さんときたら、20代後半〜30代前半と思われるアジア系のなかなかのイケメン男子ではないか!


さわやかな笑顔とともに目の前に差し出された枕を、シャイな(?)私は思わず丁重に断ってしまう。

確かに、窓際に座った私はウトウトと眠っては、悪路でバスが大きく揺れる度に窓ガラスにゴンゴンと頭をぶつけていた。
少し眠ってはゴンゴンとぶつけ目を覚まし、またウトウトするというのを繰り返していた。

いや、しかし、だからといって、人の枕をおばちゃまのよだれだらけにするわけにもいかないではないか。

彼は怒るでもなく、がっかりするでもなく差し出した枕を丁寧に巾着袋に押し込むと、頭上の棚に置いてあるリュックにそれを入れた。

『そっか、この人は揺れるバスの中、わざわざ立ち上がってリュックの中から枕を出してくれたんだ』と断ったことを申し訳なく思うと同時に、優しい人なんだなあと気持ちがほんわかする。

彼は大きな一眼レフを大事そうに膝の上に抱えていた。

彼の優しい気持ちに対してないかできないかなあと思い、私は、最初のトレイ休憩の後、彼に窓際の席を譲った。
「写真撮るなら窓際がいいよね」と。
別に私にとっては見慣れた風景だ。窓際でなくてはならない理由はない。

たったそれだけのことなんだけど、私はその日、バスに乗っている間ずっといい気分だった。
優しい人が存在していることが嬉しかった。
目には見えなくても、彼からは優しいエネルギーが溢れているのを感じたし、優しい人と一緒にいるって、優しい気分になるものだなあとしみじみ思う。

優しくしてもらうと、その優しさを誰かにおすそ分けしたくなる。

そんな風に優しさが伝染してこの世界を包むといいなあ、ひどく揺れるバスの中で私はひとりごちた。

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