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実らなかった恋


女の恋愛は上書きされると、飲み会の席で誰かが言った。

女の恋は上書きで、男の恋はファイリングだと。

なるほど、面白いことをいうものだ。
そういう部分ってなきにしもあらずだよなとうなづきつつも、『そうじゃない恋もあるよ』と心で呟いた。


確かに成就した恋は、上書きされていくことの方が多いような気がする。
新しい彼ができる度に、彼氏という名のファイルがアップデートされていく。

でも、実らなかった恋はどうなるのだろう?
実らなかった恋の方が、きっと色褪せないのじゃないかと私は思う。

付き合えば、いい思い出だけというわけにもいかないし、
あばたもエクボが、やっぱりあばただったと気づく瞬間もある。
それがないのが、実らなかった恋。

銀座の飲み屋で彼が話す大学時代に恋した女の子の名前が私じゃないことに、50歳にもなって微かな胸の痛みを感じる。
まだ、こんな感覚が自分の中にあることに驚きながらも。


実らなかった恋は、上書きされないままそこにある。
すべての女性にとってそうなのかどうかはわからないし、すべての実らなかった恋がそうではないのだろうけれど。
その恋は、あの時のまま、時代遅れのホコリだらけのフロッピーディスクのなかで、更新もされずに保存されている。

私のパソコンでは、もうこのフロッピーディスクのデータを読み込む事はできない。
それでも私は、そのフロッピーディスクを捨てられないでいる。

人生の中で、愛おしいと思わずに入られない瞬間がある。
恥ずかしいくらい未熟で青かった。
実らない恋に泣いた夜がいくつもあった。
その時間すべてが愛おしい。
フロッピーディスクの中にあるのは、二度と戻らないそういう愛しい時間でもあるのだ。


実らなかった恋の当の本人を目の前に銀座の高架下で飲みながら、ウーロン茶しか飲んでないのに、私はほろ酔い気分の夜を過ごした。


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