鎮魂歌。と耳に目にしたとき、その人の脳裏に「ちんこ」のことが浮かぶのは当然のことと思う。別段、好色な人間でなくとも鎮魂歌の中にある「ちんこ」に僅かなりとも引っかかりを覚えるのは、日本語を解する者に共通の反応と思う。

　しかしだからと云って鎮魂歌。と耳に目にする度に、目を輝かせ爆笑しながら「わー、いまこの人ちんこって云ったー！」などと大声で喚き立てるのが許されるのは未就学児までで、仮に人様から大人と呼ばれる年齢になってまでそれをしていたらかなりまずい人である。非常識な人である。周囲から疎んじられるタイプの人である。一般的な常識を兼ね備えた大人ならば、たとい鎮魂歌。の中の「ちんこ」に脳が反応したとしても、そんなことは噯にも出さず鎮魂の歌について考え、人々と語らい、ゆたかな時を過ごす。

　ところが最近のインターネットではこの常識を兼ね備えてない大人が散見されるようになった。鎮魂歌。の中にある「ちんこ」を取り上げてわあわあと大声で喚き立てる未就学児レベルの人が目に付くようになった。

　鎮魂歌。と云った人に対して「いまあんたは間違いなく”ちんこ”と云った！」　「いまあんたは”ちんこ”を拡散させた！」「いまあんたは”ちんこ”に対する差別的表現をした！」などと、ともすれば曲解となりかねない、未就学児レベルの解釈をして必要以上に騒ぎ立てる。周りの人から「この人”ちんこ”なんて云うてないやん。鎮魂歌云うてるだけやん」と意見をされたとしても一向平気で、どころか「”ちんこ”という音が入った言葉を使うこと、これ即ちこの人物が、本来秘匿しておくべき性器を指し示す言葉である”ちんこ”を濫用・拡散する不埒な人非人であることを証明することなのだ！」などと半ば妄言のようなことまで云い出して譲らない人が増えた。由々しき問題である。

　さらにこれが先鋭化した人となるともう滅茶苦茶で、「鎮魂歌。と耳に目にして”ちんこ”を思うような人間はそもそもが狂っている。脳に問題がある。そのような問題のある人間が存在することを許してはならない。そのような人間を漫然と野に放っておいてはならない。そのような人間は逮捕投獄の上、然るべき刑罰を与え、さらには強制的に入院をさせて治療を施し二度と”ちんこ”なる言葉を頭に思い浮かべないそんな真人間に修正してやらねばならない」などと、一般的な社会常識を身につけた人々の耳には、完全な妄言としか聞こえぬ言葉を吐き続けて止まない。由々しき問題である。

　さらにインターネットの世界では、こうした完全なる妄言を支持し賛同を表明する人が相当数現れるから話が一層ややこしくなる。支持・賛同者に勢いを得た妄言の発信者はさらに妄言を先鋭化させることとなり、曰く「犬を二本足で立たて”ちんちん”と云って喜ぶなど許しがたい暴挙。すべての犬とその飼い主を抹殺し、ブリーダーなるものは晒し首にしてすべてのペットショップを焼き討ちにせよ」曰く「”珍品”など平気で口に出す人間は、二度とそのようなことを云えなくする為に舌を引き抜き声帯を切除し仕舞いに前頭葉をくり抜いてしまえ」曰く「沖縄の漫湖などその名称は日本の最大の恥。いますぐ名称を変えて周辺の国々に土下座で謝罪したる後に湖の水をぜんぶ抜いて埋め立ててしまうべき」曰く「鎮魂歌のような品性下劣につながる言葉や物は、世の中から全て抹消・抹殺されるべきでありけして存在してはならない」などとその妄言は止まるところを知らなくなる。

　このような人を見かけた場合「馬鹿につける薬はない」と思って妄言を吐く人、その妄言を支持・賛同を示す人と距離を取るしかない。そうして距離を取ることで、妄言を目にして掻き乱されてしまった自分の心の鎮静化を図る。然るのち、鎮静化。の中にある”ちん”に引っ掛かりを覚えてにやにやしたりしてひとり心楽しむ、将又、にやにやしなからちんすこうを食べるとかするのがよろしいと思う。

（了）

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