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自分を満たすことに神経を使おうの巻

刺々しさがピークに達している。コンビニの大型車用の駐車スペースにカワサキのバイクが停まっているのを目にしただけで、夜で駐車線がよく見えなかったならいざ知らず、こんな昼日中に、しかも二輪車、注意力の欠如としか思えん、わたしが乗務中の、血の気の多いトラック運転手だったら絶対キレる、と脳内でバチギレをかます。正義漢の化け物が顔を出している。自己正当化の権化。こういうところがうちのおじいちゃんにもあったなあ、と思う。わたしはおじいちゃんと違って薄情だから、注意したりはしないけども。おじいちゃんはいろいろ気がつくぶん、最後まで面倒を見てやるという気概があってあれこれ口やら手やら出してくれてたけど、わたしにそういうところは全然ない。世話をしたいとか、他人の至らない部分をかわいく感じるとか、そういうところが。ただそれは翻せば他人を自分の思い通りに動かしたいという支配欲が希薄であるということなので、悪いことばかりでもないと思う。

ひとまず自分の刺々しさから目を逸らすために、べつのことを考える。例えば、化粧のこと。先週オレンジのアイシャドウパレットを買って化粧してみたら、思いの外似合った。でももうちょっと強く発色するもののほうが似合うな、と思う。発色薄めのナチュラルなアイシャドウやリップを使うと、「……で?(※どこが変わったの?)」という出来になるのが毎度不思議だったのだけど、パーソナルカラーウィンターのあるあるらしい。発色が濃い化粧品を使わないと顔が変わらない。

ただわたしの場合、顔が変わるったって「化粧をしていることが傍目からわかる」というだけだ。マジのすっぴんを見せたときに、「あ、普段はちゃんと化粧してたんだ」と初めて気づかれるくらい、顔の主張が弱い。どんだけ発色のいいアイシャドウやアイラインを使っても、顔が派手だな、とはならない。この化粧で目が大きかったら(わたし好みの)近寄りがたい派手顔になるんだろうけど、わたしは顔の中の各パーツが小ぶりなので、塗っても盛っても派手にはならないのだった。ただこれは、仕事用の化粧でもアイメイクを盛りまくりたいわたしにしてみればありがたい限りだったりする。

やっぱり化粧のことを考えるのはいい。心が浮き立つ。自分のことを考えよう。人のことなんて考えても変わらない。自分を満たすことに神経を使おう。

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