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耳にスライムを入れた日~オーダーメイドイヤモニレポ~

先日、耳のなかにスライムを注入されてきた。

それは非常に刺激的でファビュラスな体験であった。脳の近くまで異物が入ってくる非日常的感覚。私の人生の中でトップ5に入るほど胸が高鳴った。ぜひみなさんにも体験していただきたい。

なにか勘違いされている気がするため念のため申し上げるが、これは決して私がASMRの聴きすぎで現実と妄想の区別がつかなくなった訳ではない。私は「仕事」で耳にスライムを入れられに行ったのだ。つまり、ビジネススライムである。

インイヤーモニター、通称イヤモニ。

音楽関係の仕事をされている方やライブイベントに詳しいオタクくん諸君はご存知であろう。イヤモニとは、ステージに立つ演者がライブ中にマイクの音や楽器の音、指示などをクリアに聴くための器具である。

イヤモニとふつうのイヤホンは何が違うのか。違いのひとつに「形」が挙げられる。ライブ会場という大きな音が鳴り響く箱の中で、ふつうのイヤホンをつけた場合、イヤホンと耳のわずかな隙間から外界の音が侵入してしまいイヤホンの音が聞き取りづらくなってしまう。そうならないように耳の穴の中まで型取りして製作されるのが、オーダーメイドのインイヤーモニターだ。

私が所属しているバンド:夢限大みゅーたいぷのデビューライブに向けてオーダーメイドイヤモニを準備するために、スライムもとい「印象材」という、固まるとゴムのような材質になるものを耳に注入される仕事を引き受けた。

そう。これはライブのためであって、私の私利私欲のために耳にスライム…否、印象材を入れてもらったわけではない。ご理解いただけただろうか。

私はスライム注入ASMRを聴ききながら、イヤモニつくり屋さんへ足を踏み入れた。

席に座るとはじめに、病気の有無などの確認と書面へのサインを求められた。印象材を耳に注入する前には、入念な準備が存在する。タダでやってもらえると思ったら大間違いなのだ。

こうして準備が一通り済むと、いよいよ待望の注入タイムのはじまりはじまり。まず、取り出し用の長いひもがついたちっちゃいスポンジを、耳のギリギリ奥の方までピンセットのようなものを使って突っ込まれた。これは鼓膜にまで印象材が到達しないようにするためのものらしい。

施術してくださるイヤモニつくり屋さんの慎重な手つきに、こちらにも緊張が走る。くしゃみでもしたら確実に、鼓膜破壊エンドを迎えるであろう。私はクラス委員決めの時以上に息をひそめた。

くしゃみたすかるイベントを発生させず無事スポンジ入れが終了したところで、ようやく本日の主役:印象材の登場だ。文明の利器シリンジを使用して耳に印象材を注ぎ込んだ後は5分程度待機し、印象材が固まったところで引き抜くらしい。

うす緑色の印象材が入ったシリンジを片手に、イヤモニつくり屋さんが説明を続ける。

「引き抜く際は、ゆっくり、揺らして隙間をちょっとずつ作りながら引き抜きます。耳型を取っている間は耳の中が真空状態になるので、いきなり引き抜くと圧力で鼓膜が破れてしまうんですよ。」

これから注入されるというタイミングで、なんだか不穏な情報が聞こえたような気がするが、まあ気のせいだろう。脳内でワインのコルクがはじけ飛ぶ映像が浮かんできたが、これも気のせいだろう。

「それでは注入していきますね」

心の準備をする間もなく、にゅにゅにゅと耳の中に印象材が入ってくる。私の耳の中はこんなに容量があったのかと驚いている間にも、粘液によってどんどん私の耳は埋められていく。じわじわと密閉され外が遠くに感じられる感覚はまさに注入系ASMRと同じで、私は思わずとびきりの笑顔を浮かべた。

しかし、楽しい時間というのは長くは続かない。印象材注入タイムも有限だ。あっという間に注入は終わり、引き抜く時間になった。下手に引き抜くと鼓膜が破裂するという事前情報が再び頭を駆け巡り、ほほに汗が伝う。

そんな私に構わず、イヤモニつくり屋さんは慣れた手つきで私の耳の中で固まった印象材をゆっくりとゆらした。


その瞬間。私に衝撃が走った。


なんということでしょう。


耳のなかに指をつっこまれて動かされるASMRに酷似した音が聞こえたのだ。

確かに、物理的には耳の穴に指をミチミチに突っ込まれている状況と今の状況はほぼ同じである。やっぱり、ASMRは正しかったのだ。これはつまり、ASMRで体感している感覚は、実質現実であるといっても過言ではないということだ。わたしたちがいつも楽しんでいるささやき声も、鼓膜塞ぎも、添い寝も、すべて現実だったのだ。私はこの世界に一筋の光を見出した。

私の瞳に希望が宿ったと同時に、印象材が完全に引き抜かれた。これを両耳分行い、耳の型取りは終了だ。時間にしてたった30分程度の出来事であったが、30分ではおさまらない感動を味わった。

イヤモニつくり屋さんにお礼を述べ、軽い足取りで店を出た。30分ぶりに解放された耳に、外の空気が触れる。心なしか、いつもよりもさわやかに感じられた。

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