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読書感想文〜『さよなら渓谷』吉田修一

この本を読んだ時の衝撃は忘れられません。
重く暗く、人間の欲が底に溜まっている沼を混ぜたような…。
でも、上を見上げるとほんの一筋の光が差している、というイメージを持った物語でした。
ネタバレ完全に含みます。

緑豊かな桂川渓谷で起こった、幼児殺害事件。実母の立花里美が容疑者に浮かぶや、全国の好奇の視線が、人気ない市営住宅に注がれた。そんな中、現場取材を続ける週刊誌記者の渡辺は、里美の隣家に妻とふたりで暮らす尾崎俊介に、集団レイプの加害者の過去があることをつかみ、事件は新たな闇へと開かれた。呪わしい過去が結んだ男女の罪と償いを通して、極限の愛を問う渾身の傑作長編。

Wikipediaより

尾崎が起こした事件の被害者であるかなこ(主人公)の事件後の辛い経験(事件を知られたことで婚約破棄、DV、離婚)と尾崎に贖罪から『事件を知っている』加害者である尾崎と暮らすことをかなこが選び、夫婦同然の生活を送っていきます。
いろいろと考えさせられました。読んだのは(いつものごとく)かなり前なので詳細は正直忘れてるところもありますが、ラストの衝撃、記者の『あの事件を起こした人生と起こさなかった人生、どちらを選ぶか』という質問に対しての尾崎の返答がショックでした。
罪の重さを考えれば体裁とか綺麗な建前とかを言ってもいいはずです。あの出来事がなくてもどうにかしてかなこと出会ってみせる、と綺麗に答えてもよかったでしょう。でも男の答えは違ってました。質問に対して誠実に、本心を伝えたのでしょうか。

記者に対する尾崎の答えは、罪の意識を充分わかっている上での言葉だとしても、だからこその重みがあると捉えることは私にはできませんでした。
彼女を傷つけずにすんだ出会わない人生、事件を起こさない人生を選ばないことは男のエゴではないのか、と。

実際でも大学生達が集団レイプ事件を起こし、ニュースになることがあります。
事件の被害者である女性たちの心と身体に受けた傷は計り知れません。

集団心理として、ひとりでは決して起こさない危険な行動や決定を集団になると起こしやすくなる、というものがあります。

だからといって、例えば集団になったからといって銀行強盗を行おうとするか、警官の拳銃を奪おうとするか、というと、しないと思います。
加害者たちの中で『その行動』は罪の意識として軽いものだから行動に移してしまった、ということではないでしょうか。

ラストでかなこは尾崎の前から姿を消すのですが、それは『赦してしまったから』尾崎を罪の意識から解放したい、という気持ちもあったのかと思います。
でもその気持ちと同時に、尾崎と穏やかな日々を過ごしているかなこの中で「この人は女性に対してあんなひどいことを行える人間である」という気持ちがいつも存在していることの辛さから離れたかったのかもしれない。
尾崎の償い以上の愛情は感じていたであろうかなこが、幸せだと思えたその直後にその記憶を思い出してしまうとすれば辛すぎることだと思います。

今の尾崎のかなこを想う気持ちは真摯だと思いますし、かなこのことを探し続けるんだろうと思います。
ただ、かなこは新しい世界に踏み出している気がします。
その未来が明るいことを願うばかりです。





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