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花組全国ツアー『フィレンツェに燃える』

2022年10月22日(金)14時 神奈川県民ホール

ミュージカル・ロマンス『フィレンツェに燃える』
作/柴田 侑宏 演出/大野 拓史

 これは、どう受け止めればいいんだろう。柴田侑宏(ゆきひろ)作品だけあって、「駄作」とか「凡作」といった言葉で切り捨てられるようなものではなくて、いい場面もあるし、音楽もきれいだし(寺田瀧雄さんのすばらしい仕事)、よくできたメロドラマのようでもあるし、そこにとどまるものではないような気もするし…。
 柴田さんの頭には、ヴィスコンティの『山猫』みたいなイタリアの貴族社会のイメージがあったんじゃないかと思ったのだけど、全国ツアーの平板な舞台では、そんな世界観や登場人物たちの陰影や奥行きを表現しきれなかったという印象。若き日の柴田さんは、一体何を描きたかったんだろう。

 演出は大野拓史さんだから、期待していたんだけれど、どうしちゃった? 芝居を見たい場面でも、死んだ男が横たわる場面でも、カーニバルの男女が「ビバ! ビバ!」と舞台上になだれ込んでくるのはつらかった。人の死と生のエネルギーを対比させたいという意図は分かるけれど、大劇場の舞台機構なしにそれを表現するのはさすがに厳しいのでは?

 初演は1975年。ポスターを見てみると、《真帆志ぶき, 汀夏子, 順みつき, 高宮沙千, みさとけい, 麻実れい, 常花代》と、7人ものスターが登場している。もっとも、これはショー『ザ・スター -さよなら真帆志ぶき- 』(作・演出 鴨川清作)のポスター。真帆志ぶきさんはショーだけの出演なんですね。しかもサヨナラ公演。わあ、このショー、見たかった。

 そして、1975年4月東京宝塚劇場のポスターに真帆志ぶきさんはいない。大劇場がラストだったんだ。順みつきさんも星組へ組替え。ショーも『グランド・ショー ボン・バランス 』になり、《汀夏子, みさとけい, 高宮沙千, 麻実れい, 常花代》5人のポスターになっている。

 当時の複雑なスター構成を生かすためにつくられたのが、この『フィレンツェに燃える』だったというわけか。なるほど。スターがやたら多いのも、汀夏子さんがこの役を演じたというのが信じられないほど、主役のアントニオの描き方が遠慮がちだったのもうなずけてしまう。
 一方、次男レオナルドの順みつきさんのほうは、めちゃくちゃ想像できる。汀さん、順さんの二人とも色濃く演じるタイプのスターさんだったから、汀夏子さんのほうに、あえて持ち味とは違うノーブルな役を振った、というところだろうか。
 さらに、三番手オテロ・ダミーコには、若き日の麻美れいさんが異次元の美を振りまいて絡んできていたはず。まったく方向性の異なる個性だから、面白かっただろうなあと思う。

 ちなみに、この作品の後に柴田さんは、1975年10月に月組で『恋こそ我がいのち -スタンダール作「赤と黒」より- 』、1976年2月に花組で『あかねさす紫の花』、1976年6月に雪組で『星影の人 -沖田総司・まぼろしの青春-』、1976年11月に月組で『バレンシアの熱い花 』と立て続けに上演している。すごいとしか言いようがないし、この流れが『フィレンツェに燃える』から始まったのだと思うと興味深い。

 ちなみに『ベルサイユのばら』の初演は1974年8月だから、「ベルばら」景気で沸いていた頃のこと。「ベルばら」だけではなく、すごいことになっていたんですね、この頃の宝塚。

 そんな作品を全国ツアーで、というのも酷な話だったのかもしれない。
 男役のメインキャストは、柚香 光(アントニオ)、水美 舞斗(レオナルド)、永久輝 せあ(オテロ・ダミーコ)。三人ともとても美しく、それぞれのやり方で楽しませてくれたけれど、いかんせん芝居がスマートすぎた。骨太に泥臭く演じられる人がいないと、役が多いだけにメリハリがなくなってしまう。トップスター、二番手、三番手とそろう全国ツアーは珍しいのに、個性を引き立て合うプラスの化学反応が起きていないどころか、小さくまとまってしまった印象を拭えなかった。もったいない。作品選びを間違ったとしか…。

 結果的に、娘役の比重がさらに大きくなった。星風まどか(パメラ)と星空美咲(アンジェラ)がとても魅力的。ただ、残念なことに、この二人も持ち味の方向性が似ていて、二人ともアンジェラ役者。複雑な人生を感じさせるようなパメラでないと、物語が成立しないと思う。星風さんは非の打ち所のないパフォーマンスを見せてくれたけれど、努力ではカバーできないこともある。愛想尽かしの場面がわかりにくかったのも残念だったけど、これは演出の問題でしょう。

 ところで、「薮下哲司の宝塚歌劇支局プラス」によると、この『フィレンツェに燃える』は、《ドストエフスキー原作「白痴」をモチーフに》しているのだそうだ。

 そうだったのか! 言われてみれば、パメラは典型的なドストエフスキーのヒロイン。確かにナスターシャですね。そうか、そうか。
 さらに、アントニオがムイシュキン公爵と考えると、見える世界も違ってくる。うわあ。黒澤明の『白痴』の森雅之か! それはしっくり来る。
 でも、ちょっと待って。そうすると、柚香さんの美しさが物語を見えなくしていることにはならない? そして、作品がどんどん難しいことになっていく。

 スマートさが今の花組の大きな魅力なのだから、無理にこんな難易度の高い作品にしなくても、同じ柴田作品なら、雪組の『霧のミラノ』あたりをやったほうがよかったんじゃないかなあ。まあ、スターがいっぱいだからこそ、劇団なのか花組のプロデューサー氏なのかは分からないけど、この作品をやりたかったんでしょうね。

 『霧のミラノ』は、個人的にとても好きな作品。柴田さんの中では、『フィレンツェに燃える』の焼き直しというか、リベンジだったりするのかしら。

 でも、柚香さんの上品な髭をたくわえたアントニオは本当にすてきだったし、水美さんもレオナルドを熱演していた。永久輝さんの黒い炎も大好きです。三人とも大好きなので、ファン目線では楽しめました。そして、この作品は、もしかしたら映像で観た方が、表情が際立って楽しめるんじゃないかという気もします。


ショー グルーヴ『Fashionable Empire』
作・演出/稲葉 太地

 こちらはとても楽しかった。このショー、大好きなんです。特に「Labyrinth」から後は、もう、すべてが最高です!

 「Labyrinth」では、まず、上手から登場する水美さんの高い跳躍に度肝を抜かれる。全国ツアーであんなに跳んで大丈夫なのかと心配してしまう。水美さんの跳躍はここだけにとどまらず、終わりまで跳びつづけた…。すごい。彼女の舞は、この全国ツアーを観た多くの人の胸に刻まれたと思う。
 この場面がよいのは、最後に男と男が恋に落ちて終わるところ。それも、淫靡さや思わせぶりな背徳の雰囲気を漂わせることなく、太陽の下で大らかに恋をしている感じがあって、それが新しかった。それが宝塚歌劇らしいロマン的表現になっていて、本公演で初めて観たときは、胸がふるえました。

 三井聡さん振付の「Club MISTY」。平澤智さん振付の「Fashionable Moment」。御織ゆみ乃さん振付のフィナーレの「デュエットダンス」がとにかくすばらしいし、音楽がとってもいい。「ショー グルーヴ」と名づけられているとおり、宝塚歌劇では珍しい「踊れるショー」になっていて、心の中ではもう一人のわたしが踊りまくっていました。
 
 カーテンコールでは、東京公演の千穐楽とはうって変わって、元気でお茶目なれいちゃんの姿を見られたことがうれしかった。

 花組次の本公演は、『うたかたの恋』と『ENCHANTEMENT(アンシャントマン) -華麗なる香水(パルファン)-』。小柳 奈穂子さんと野口 幸作さんのコンビ。『うたかたの恋』は、小柳さんがどう潤色をするか。役が少ないのが気になるけれど、楽しみにしています。

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