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「奇妙」で「精神的」な野球小説:G.プリンプトン『遠くから来た大リーガー シド・フィンチの奇妙な事件』


 2021年シーズンの大谷翔平はまさに「未知」の選手だった。投手として9勝、打者として138安打・46本塁打という投打双方で「ごく一握りの選手にしかできない成績」をマークしてしまった。これだけ複雑に進化した現代野球に於いて、ベーブ・ルースのような二刀流の選手が姿を見せることを誰が予想できただろうか。
 20年前に筋骨隆々のマッチョマンたちを細身のイチローがしなやかに勝負したのを見て「最先端」と感じたが、大谷に至ってはもはや「最先端」どころか、「時計を巻き戻してしまった」という感じだ。(そしてこの文章を書いている途中の4月10日、千葉ロッテの佐々木朗希が完全試合という、またちがう「未知」を我々に見せてくれた。すごすぎる……)



 ジョージ・プリントン(訳:芝山幹郎)が87年に記した野球小説『遠くから来た大リーガー シド・フィンチの奇妙な事件』にも「未知」の投手が登場する。ニューヨーク・メッツがスカウトしたイギリス人の朴訥とした青年、シド・フィンチはヒマラヤでの修行僧生活で会得した≪ルン・ゴム≫という集中の術を野球に転用し、なんと270キロのストレートをマウンドから放るのだ。

 その姿を見守るのがこの作品の主人公、作家のロバート・テンプルだ。魔球を放る投手と、物書きという設定は珍しくないが、テンプルの語り口は野球小説の主人公としてはややもの静かな印象を受ける。ベトナム戦について、とくに戦地のヘリコプターついて書きつづけた彼は心を痛めてしまい、一切物を書くことを止めてしまっていたさなかに、シドと出会うのだ。
 途中からは気風が良く、ゴルフの上手いシドの恋人のデビー=スーも輪に加わり、3人でひとつ屋根の下、奇妙な同居生活を営むことになる。キャラクターの全く違うトリオは、希代の剛腕の持ち主とは思えないほど丁寧でもの静かな青年投手を中心に、3人ともそれぞれの道へ前進していく。

  作品全体に「東洋」と野球とが邂逅するというテーマがあるように感じられる。やや誇張された東洋観は好みの分かれるところだが、なかなか他の作品と比較できない独特な味わいがある。
 先述のベトナムやヒマラマの話に加え、中盤にはテンプルが熊本の球場で、王貞治が阪神の柿本実と対戦するのを見届けた印象をシドに語る場面も登場する。序文によれば著者のプリンプトンも大阪の富田林に住処を構えていたことがあるようなので、実際に日本野球を目にしていた可能性は大きい(ただし柿本が阪神在籍時期に熊本県でNPBの公式戦は開催されていないようなので、これはオープン戦などの非公式戦かフィクションの可能性もある)。
 王については数ページをまるまる割いて細かに描写されているが、「アメリカの野球小説における世界の王」というのも、ぜひ一読して確認していただきたいところだ。

 現在はアジアからの選手はもちろん、クリスチャン・イェリッチやカート・スズキなど日系人選手なども多くプレーするMLBだが、ディヴィ・ジョンソン監督(巨人でもプレー)やダリル・ストロベリーがメッツに在籍していたころのMLBでは「東洋」と「野球」とがそれだけ「遠く」だったのかとも読み取れる。近年オランダを中心に欧州の選手も力をつけてきているが、20年、30年後にはまた予想もしえない土地から「事実は小説より……」という選手がやってくるかもしれない。


 基本的には野球選手の肉体的な躍動を書く野球小説というジャンルに於いて。なかなか目にしない「瞑想」「精神鍛錬」「真言(マントラ)」といった「精神的」な言葉が散りばめられながら、この物語はラストに向かっていく。ラストシーンは一言で説明できない、もっとも好き嫌いがはっきり分かれそうな結末であるが、間違いなくシド・フィンチという稀有な設定の主人公とこの物語でしか成立しない「締め方」だと思う。



 最後に小説を少し離れ、「シド・フィンチ」という架空の投手について。私はこの小説を手にするまで全く知らなかったのだが、読了後ネットで調べたところ、Wikipediaの英語版に「Sidd Finch」(この小説の項目ではなく、あくまでも『シド・フィンチ』の項である)があることを発見した。

 

 小説の物語でもアイテムとして登場し、芝山も訳者あとがきで触れているが、『スポーツ・イラストレイテッド』誌の1985年の4月1日号のエイプリルフールの企画として、「ニューヨーク・メッツにヒマラヤで修行を積んだ投手がやってくる」という記事が世に生み出され、その記事を軸に前後の物語を肉付けしたのがこの小説の成り立ちのようだ。

 Wikipediaによれば、30年後の2015年にはESPNが「30周年」としてドキュメンタリーを作成し、ブルックリンではシドのボルブヘッド人形を配布するイベントも行われたという。著者プリンプトンの息子も始球式を行ったようだ。
 近年のネット上にあるエイプリルフールネタは粗製濫造というか、「ちょっとした冗談」くらいのものが多く、正直なところ食傷気味なのだが、30年も愛されたなら「大した嘘」だ。存在しない投手の30周年イベントというのも、なかなか「精神的」だ。

 

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