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ある春の日の世界の亀山素描

世界の亀山。ある春の日の昼下がり。

ここ亀山駅はジェイアール東海と西日本の境界駅だ。

東海側の名古屋発快速列車が20分ほど遅れて亀山駅ホームに滑り込む。

西日本側の亀山発京都府の加茂行き列車は待ち合わせる素振りさえ見せず発車済みで、次の乗り継ぎは1時間先だと駅員が乾いた声で坦々と告げる。

急ぐ旅でもない。3月も半ばで寒さも和らいでいる。ゆったり待つかと覚悟を決めると改札の先で罵声が響く。

「どないしてくれるっちゅうねん!バスないんかい?用意せぇっちゅうねん!」

ポマードべったりのオールバックだが身なりはきちんとしたビジネスマンだ。

さんざん駅員に毒付いたそのポマードオールバックは駅前の駐車場で半分も吸い終わらない煙草を苦々しく踏み潰すと近くの喫茶店の中に消えた。

「関西の人は仕方ないわねぇ」
駅舎のベンチに腰掛けた婦人がぽつりと呟く。

関西じゃなくてあれは明らかに大阪人なんだよと心の中で反論してみるがそんな自分は何人なんだと苦笑する。

話し言葉と垢抜けたスーツ姿から恐らくは東京から来たらしい2組の初老の夫婦だ。

法事なのだろうか喪服に身を包んだまま駅のベンチで弁当をつまみ始めた。

「こういうね、突然訪れた時間はね、ありがたいと思うべきだよ。」

先ほどの女性の配偶者と思しき男性が諭すようにそう言うと、他の3人は大きく頷いてまた弁当を黙々と口に運んだ。

「お母さん容態はどうなん?あのね、電車が遅れてね、1時間遅れるんよ。え、仕方ないやん。待っとってよ。え、待たれんて?そんなこと言わんで〜」

別の中年の女性が駅舎の窓の外の遠くを見つめながら、半ば泣き出しそうな面持ちで携帯電話に耳を押し付けて話している。こちらの出身の人だろうが、名古屋が長いのか、言葉の端々に名古屋訛りが混ざっている。

そんなやり取りを観察していると1両編成の西日本側の関西線加茂行き列車の到着を駅員が告げる。

駅のベンチにいた人々が一斉に列車に乗り込むと世界の亀山駅はまたいつもの静けさを取り戻す。

不便は時に辛くもあり、しんどい時もあるが、不便は物語を生み、ささやかな愉しみを運んでくれる。要はすべてが心の持ちようなのだ。

自分も追いかけるように1両編成の列車に乗り込みながら、なぜだかそんなことを自分自身に言い聞かせていた。

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