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宗教は戦争に加担してはならない ~浄土宗、真宗大谷派、植木徹誠氏

 24日の毎日新聞に「浄土宗はなぜ戦争に加担したのか 戦時下の教義を問い直す」という記事が載った。「浄土宗平和協会」は浄土宗がいかに戦争に協力したか、その調査結果を「浄土宗『戦時資料』に関する報告書」(169ページ)にまとめた。戦時中、浄土宗は戦闘機を献納したり、天皇を浄土宗の本尊である阿弥陀仏と同一化する教説が宗門を支配したりした。1938年の浄土宗務所の資料には「私達に取って陛下は『阿弥陀』でまします」と書かれてあった。

浄土宗はなぜ戦争に加担したのか 戦時下の教義を問い直す 収集作業で託された図囊に入っていた巻きゲートルを手にする廣瀬卓爾さん。「亡くなった人のぬくもりを感じた」と語った=大津市で2023年7月31日午後6時7分、花澤茂人氏撮影 https://mainichi.jp/articles/20230901/k00/00m/040/272000c


 宗教を政治や、さらには戦争に利用することは、歴史を紐解けば仏教だけでなく、いろんな宗教で行われてきた。いわゆる「イスラム過激派」は「ジハード」を狭い意味に捉えて欧米に対する戦いを正当化するのに用いてきた。アラビア語で聖戦を意味するのは「ジハード」という言葉だが、「ジハード」とはアラビア語の動詞「ジャハダ」から派生した言葉で、その動詞は本来「信仰の道において奮闘努力する」の意味である。ジハードの意味するところは多様で、イスラムでは異教徒との戦いを「小ジハード」と呼び、自分自身の欲望と戦うことを「大ジハード」と形容し、内面の努力をより高く評価する。「小ジハード」ばかり考えているムスリムなどごくごく少数だろう。

 十字軍は聖地エルサレム奪還を目指したものの、次第に経済的目的が中心になり、13世紀初めの第4次十字軍はエルサレムに到達することなく、コンスタンティノープル(現在のイスタンブール)の略奪が主たる目的となってしまった。

第4回十字軍はエルサレムに到達することなく、コンスタンティノープルの略奪を行った https://rekisi-daisuki.com/entry/21-07-16


 日本の仏教の宗門が戦争協力に対する反省を公にすることは近年見られてきた。2015年9月19日、安全保障関連法の成立が成立すると、真宗大谷派(東本願寺)は宗務総長の里雄康意氏の名前で次のような声明を出した。

「このたび安全保障関連法が成立したことに深い悲しみを覚えます。
 私たち真宗大谷派は、先の大戦において国家体制に追従し、仏法を人間の都合で利用して戦争に積極的に加担しました。その過ちを繰り返してはならないとの決意から、安全保障関連法案に対して反対の意を表明してまいりました。その背景には、当派の過去の歴史だけではなく、人間がなす正義に絶対はないということを明らかにしてきた仏教の歴史があるからです。
『積極的平和主義』の名の下に、武力をもって平和を実現しようとする行為は、永続的な平和をもたらすものではなく、自他ともに怨みと敵意を生じさせ、報復の連鎖に陥らせるものであります。
〔中略〕
 私たちは仏の教えに基づく教団として、このたびの安全保障関連法の撤廃を求めるとともに、今後も引き続き、戦争に繋がるあらゆる行為を未然に防ぐ努力を惜しみません。そして、武力に頼るのではなく、積極的な「対話」によって「真の平和」を希求することをここに表明いたします。」https://www.higashihonganji.or.jp/news/declaration/1735467/

 

 クレイジーキャッツのメンバーで、タレントであった植木等は浄土真宗の寺の生まれ、寺の住職であった父の徹誠(てつじょう:1895~1978年)氏は大ヒットした「スーダラ節」の「わかっちゃいるけどやめられない」というフレーズを聞いた時にそれは親鸞の教えに通ずるものがあり、人間の弱さを言い当てていると絶賛したそうだ。

この人のお父さんが反戦僧侶だったとは意外な気もします https://www.asagei.com/excerpt/77770


 徹誠氏は、戦時中、檀家の人が、召集令状が来たと言って挨拶に来ると、「戦争というものは集団殺人だ。それに加担させられることになったわけだから、なるべく戦地では弾のこないようなところを選ぶように。周りからあの野郎は卑怯だとかなんだかといわれたって、絶対、死んじゃ駄目だぞ。必ず生きて帰ってこい、死んじゃっちゃあ、年とったおやじやおふくろはどうなる。それから、なるべく相手も殺すな」と言い続けた。(植木等『夢を食いつづけた男』(朝日文庫、1987年)真宗大谷派のサイトには『大無量寿経』にある「兵戈無用」(ひょうがむよう)という言葉の意味を説明し、「仏のはたらきを一人一人が認識する限り、兵力や武器は必要ない」と説明しているが、戦争に反対する言動で徹誠氏は4年も治安維持法で投獄されていた。

植木徹誠氏 筋金入りの反戦僧侶だった http://zinenfarm.blog.fc2.com/blog-entry-245.html


 植木家は仏教の平等や平和思想を体現していた家庭であったが、浄土宗や真宗大谷派の戦争協力に対する反省が世代を超えて受け継がれて日本の仏教界が戦争を抑止する力に一つの大きな力なればと思う。現代の宗教勢力はアメリカの福音派がイラク戦争を唱道し、またイスラム世界の過激派は暴力に訴える。自民党議員たちとの癒着で問題になった統一教会は反共を訴える一方で、北朝鮮の核開発プログラムに資金を与えた。本来の宗教は浄土宗の「平和協会」のように、人々に不幸をもたらす戦争を回避し、平和の実現を考えるもので、こうした宗教の力が日本の「戦争への道」の重石になり続ければと思う。

なぜ仏教は国民を“殺生”に駆り立てたか――。帯にこんな刺激的な惹句が躍る新書が発売になった。執筆したのは『寺院消滅』『仏教抹殺』などの著書があるジャーナリストで京都・正覚寺の住職を務める鵜飼秀徳氏だ。新著『仏教の大東亜戦争』では、明治維新以降、国家に接近した仏教の各宗派が、日清戦争、日露戦争、そして大東亜戦争に積極的に協力する姿を赤裸々に描いている。不殺生を戒としてきたはずの仏教者がなぜそんな行動を取ったのか。 https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71132


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