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エルサレム「慈愛の門」とユダヤ人のアイデンティティーは社会正義

 キリスト教徒から「金門」と呼ばれるエルサレムの旧市街の城壁にある門は現在閉ざされている。城壁には全部で8つの門があるが、「金門」はユダヤ教徒、ムスリム(イスラム教徒)からは「慈愛の門」と同じ名称で呼ばれている。

エルサレム「慈愛の門(金門)」 https://www.tripadvisor.com/LocationPhotoDirectLink-g293983-d3963828-i107239833-Just_Jerusalem_Tours_Day_Tours-Jerusalem_Jerusalem_District.html


 イスラエルのラビ(ユダヤ教の律法学者)のシャイ・ハルエルはWhere Islam and Judaism Join Together: A Perspective on Reconciliation (イスラームとユダヤ教はどこでつながるのか:和解への展望、Palgrave Macmillan, 2014)の中で、イスラームとユダヤ教は共通の歴史をもち、預言者アブラハムの価値を共有し、平和や調和へのヒューマンな渇望があると説いた。
 10月7日のハマスの奇襲攻撃からのガザでの戦闘を受けて、「宗教戦争」という言葉も一部で聞かれるが、戦争に駆り立てているものは宗教ではなく、ナショナリズムで、その構成要素として宗教がある。

 イスラームではユダヤ教徒は同じ啓典を共有するものとして保護しなければならないと考える。イスラームから見るユダヤ教の啓典とは「トーラー」や「詩篇(ザブール)」で、ユダヤ教も一神教の系譜の中で、イスラームに先行する宗教と考える。

 科学者のアインシュタインは、1938年にユダヤ人のアイデンティティーとは社会正義の民主的な理念において、相互扶助と寛容の精神をもつものだと説いている。"Why Do They Hate The Jews?" ( Collier's Magazine , New York, 1938).これらはイスラームでも特に強調され、重んじられねばならないと説かれている。

平和は力ではなく、理解によってのみ達成されるーアインシュタイン https://www.pinterest.jp/pin/479422322806699508/


「宗教は問題ではない。善き人生を送るならば神の祝福があるだろう。ムスリム、クリスチャン、ユダヤ人は同じ神を信仰する。我々は異なる方法で神に奉仕しているのだ。」―モハメド・アリ(アメリカのボクサー、イスラーム神秘主義に帰依した)

パレスチナ人の少年と握手するモハメド・アリ https://www.instagram.com/p/Cy45TuXAn1M/?next=%2Fdeuxiemeclasse%2F&hl=ja


 イスラームとユダヤ教の接触はまた世界の文化にも貢献してきた。スペインの舞踏フラメンコの起源は定かではないものの、セファルディムのユダヤ人やムーア人(北西アフリカおよびイスラム・スペインのムスリムを指す語)との接触によって育まれたとされている。

フラメンコ ウィキペディアより


 1990年代に内戦で動揺したボスニア・ヘルツェゴビナにユダヤ人がやって来たのは、スペインのレコンキスタ(国土回復)でユダヤ人とムスリムが放逐されたことを契機にしている。オスマン帝国では人頭税を支払う義務があったが、概してユダヤ人に対する扱いは過酷ではなく、ユダヤ人コミュニティは自治を与えられ、不動産を取得するなどの権利やシナゴーグを建てることもでき、オスマン帝国内の通商にも従事できた。サラエボで最初のシナゴーグは1581年に建立された。ユダヤ人たちは第二次世界大戦が始まる頃、サラエボの人口の2割を占めるほどだった。

 サラエボでは、5世紀以上にわたって正教会のセルビア人、カトリックのクロアチア人、ムスリムのボシュニャク人、さらにはユダヤ人が共存し、多様な宗教が混在するという点で、「小さなエルサレム」とも形容されていた。

サラエボの街 https://adventurousmiriam.com/things-to-do-in-sarajevo-bosnia/


 第二次世界大戦中にボスニアが親ナチス・ドイツのクロアチアによって占領されると、14、000人のユダヤ人、ジプシーなどの少数派のうち10、000人が強制収容所に送られたが、ムスリムたちはユダヤ人たちを自身の家にかくまったり、ムスリム名を与えたりして救命のための措置をとった。

 ボスニアの47人のムスリムたちが自らの命の危険を冒してまでもナチス・ドイツからユダヤ人を救ったという「諸国民の中の正義の人」の中に名前を留めている(ちなみに日本人は杉原千畝氏のみ)。また、ボスニアではユダヤ人関連の書物200万冊が国立図書館で焚書に遭ったが、ムスリムなど多くの市民が3万冊を焚書から救った。

 イスラエルはガザ住民たちをアフリカのコンゴなどに送出することを構想しているようだが、これはナチス政権がユダヤ人をマダガスカルに移送しようとしたことを想起させる。アインシュタインが説いたようなユダヤ人のアイデンティティーをイスラエルの極右勢力はとっくに忘れているようだ。

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