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10年前の読書日記8

2013年6月の記

 北尾トロ『長く働いてきた人の言葉』(飛鳥新社)。タイトルを見てハッとした。これは素晴らしい本に違いない。さっそく買って読む。
 有名人でもなんでもない市井の人へのインタビュー集。芸能人やアーティストのことより、そういう人たちのことが知りたいと私も思っていた。しかもここに登場するのは、ほとんどが、その仕事がやりたくて選んだとか、それが夢だったというのではなく、なんとなくなりゆきでそこに流れつき、それを何十年も続けた人たちである。

 すごく重い言葉があるというわけでもない。ただ淡々と、その人の人生が語られていく。
 みんな、えらいなあ、と思う。私など、興味のある仕事以外はちっともがんばらずに生きてきた怠け者で、最近では興味のある仕事も怠けているほどであって、どうしたらそんなにがんばれるのか不思議でしょうがない。それがまた、生活のために仕方なくという感じでもなかったりするのだ。やってみたらだんだん好きになっていったみたいな。

 高野秀行『放っておいても明日はくる』(本の雑誌社)を読んだときも思ったが、夢に向かってがんばるとか、自己実現とか、そんなこと考えずになんとなく生きてたらそうなったという、実はそういう人生が、世の大半を占めているのは明らかだ。自己啓発本なんか読むより、これらの本を読んだほうが、実人生にずっと役に立つ気がする。

 ひょっとするとそれは、ある種の慰めだったりするかもしれないけど、それでいいんじゃないだろうか。
 ちなみに、これを読んで知ったのだが、船員というのは恒常的に本に飢えているらしい。本の需要がそんなところにあった。

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 茨城県の大洗へ、総勢5人で石拾いに行く。
 言うまでもなく、現在、世間では石拾いの大ブームが来ており、誰が何と言おうと、来てるといったら来てるわけだが、大洗の海岸に行くと、石を拾っている人はとくにおらず、それよりも女の子が戦車に乗って戦うアニメの幟がたくさん立っていて、アニメファンらしき若い男たちが町をうろうろしていた。

 そういえば、アニメのロケ地が聖地になっているというニュースをテレビで見たことがある。大洗はまさにその手の聖地だったようだ。
 町の数十ヶ所に、登場人物たちの等身大パネルが設置してあって、ファンたちはそれと一緒に写真を撮ったりするらしい。青年よ、そんなことより石拾ってはどうか、と言いたくなったが、面白いと思ったのは、アニメが現実の世界をロケしているという感覚である。

 これまでは、SFなりファンタジーというのは、たいてい架空の世界を舞台にしたり、たとえ現実の世界を使うにしても住所は架空の名前にしたりして、現実との混交をなるべく避けてきたように思うのだ。『太陽にほえろ』だって、事件が起こるのはだいたい実際には存在しない矢追町だった(って、アニメでもSFでもないが)。

 ところが今のアニメ映画では、現実の場所がそのまま使われているらしい。昔なら、現実の地名なんか使うと興ざめというか、まさに現実に引き戻されてしまって、せっかくのSF気分が台無しという感覚があったように思うのだけれど、今は逆で、そのほうがリアリティがあっていいのか、もしくはそのぐらい現実のほうもリアリティがないせいなのか、いずれにせよ根本的なところで何か違ってきている感じがする。

 これまでは、架空と現実を混ぜたくなかったのが、今は逆に混ぜたいという。
 そんな地理感覚の変容が、私には何だか心地いいものに思えるんだが、なぜ心地いいのかは自分でもわからない。

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 大阪で初めてのトークイベント。
 地元なので、ありがたいことに多くの知り合いが来てくれた。とてもうれしい。
 ただ、多方面からの知り合いが来ると、妙にしゃべりにくいことを発見した。
 というのも、高校時代なら高校時代の、大学時代なら大学時代の、そして社会に出てからは、また別の自己イメージといったものがあり、それぞれ微妙に違ってたりするから、みんないっしょに対応するとなると、どんな顔してしゃべっていいかわからないのだ。
 少し極端な表現で言えば、昔の恋人と今の奥さんを前に並べて、いっしょに恋愛観について話すみたいなわけのわからなさで、終わってみると、どっと疲れたのであった。
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 ファンタジー小説の冒頭に描かれる架空地図が好きな私は、きっと同好の士がどこかにいるはずだと信じて生きてきたが、ついにタモリ倶楽部で、架空地図マニアの特集があり、そうだろうそうだろうと得心しつつ観た。

 番組には3人のマニアが登場し、それぞれ勝手に描いた壮大な架空地図を披露していた。架空コンビニのロゴマークまで独自に考えるほどの凝りように、おおいに感銘を受ける。

 ただ、登場したマニアのなかには、やや恥ずかしそうにしている人もいた。こんなのは幼稚で陰気な趣味だと、自分では思っているのかもしれない。

 しかし案ずることはない。かの国学者本居宣長も、青年時代には凝りに凝った架空地図を描いていたのだ。これはもう男子の普遍的趣味と言っても過言ではない。

 そんなわけで、今こそ、日本中、いや世界中の妄想男子による架空地図大全を作るべきである。あるいは架空地図大賞を創設するとか。
 架空図鑑の次は、架空地図。このことは、地形ブームの後に石拾いブームが来ることが決定しているのと同じぐらい、確実な流れなので、みんなどっちも乗り遅れないように。

本の雑誌より転載

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