文字を持たなかった昭和535 ミヨ子の半生記にひと区切り

 noteを始めたのは、「自分の言葉で何かを伝える手段がなく、そんな発想すらあり得ず、戦前から戦後をひたすら生きたふつうの人たちのことを書きとめておきたい」と思ったから。そして、いちばん書いておきたいのは「昭和一桁生まれの母や父、祖父母、そして周りにいた人たち」だと、初めての投稿「文字を持たなかった昭和 一(はじめに)」で述べた。

 まずは、昭和5(1930)年生れ(戸籍上。ほんとうの生年は1年早い)の母・ミヨ子の半生を辿る形で、そのときどきの家族の様子や時代背景、地域の状況なども付け加えてきた。たまに、昭和の情景や習俗を述べたり脇道に逸れたりしながら。

 幸いまだ健在であるミヨ子の、当初の想定より長くなってしまった半生記にはいったん区切りをつけようと思う。

 前項で書いたような「ミヨ子さん語録」は、これからも思い出すたびに追加していく。夫婦二人老年期に入ってからの生活を取り上げようとした「野菜」も、まだエンドウ豆について書いただけなので、また書くかもしれないし、ほかの話題を追加するかもしれないが。

 次からは、対象とする人物をミヨ子の舅・吉太郎(祖父)にしようと思う。亡くなってから50年以上経つ明治生まれの頑固なじいさんにどこまで迫れるか。孫娘(わたし)からのレクイエムでもある。

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