文字を持たなかった昭和363 ハウスキュウリ(12)手入れなど

 昭和中期の鹿児島の農村を舞台に、昭和5(1930)年生まれのミヨ子(母)の来し方を中心に、庶民の暮らしぶりを綴っている。

 このところは昭和50年代前半新たに取り組んだハウスキュウリについて述べており、労働力としての当時の家族構成や、長男の和明(兄)を働き手として当てにできなくなったこと、ビニールハウスの場所規模構造、そしてキュウリの苗を植えつけなどを書いた。

 そのあとの手入れについて、まずインターネット上の栽培指南から要点をまとめてみる。本項を書いている2023年時点の情報なので、当時のやり方とは多少違う部分があるかもしれないが、おおまかな流れを確認したいのだ。なお、ここでは圃場(畑)の準備から説明してある。

・圃場(畑)の準備
キュウリ栽培に適した圃場になるよう、定植の1ヵ月前までに圃場を準備する。
石灰を散布し耕して土壌を改善する。畝を築く前には土に水を十分含ませる。定植1週間前になったら畝にマルチを被せる。

・定植
ポットへ播種したあと呼び接ぎした苗を天候の良い日に畝へ植えていく。
1条植えなら、1坪(3. 3平方メートル)あたり3.5~4本ほどが目安。株元に水をやり株が動かないよう固定する。
生育にはやや高い温度が望ましいため、日中28~30度、夜間17~18度に温度調整する。活着後は夜間温度を20~25度まで上げる。

・整枝
しばらくすると本葉が12~13枚ほど生えてくる。そのままでは養分が失われるため、下から5~6節(高さ30cm以下)を目安に側枝を摘除する。主枝も約150cmの高さで摘心する。側枝の実が大きくなってきたら肥料を足す。

・温度調整
1日の天候のサイクルに合わせ、日没までにハウス内を30度から24度前後になるようだんだんと温度を下げていき、夜間は18度ほどにキープする。夜の急激な温度上昇は病害の原因になりかねないので注意する。

・摘葉
葉が増えてきたら古い葉や日の当たらない葉は落とし、新葉や新芽にも日光がすき間なく当たるようにする。

・潅水、追肥
追肥は潅水(水やり)を兼ねて10aあたり窒素成分0.5~1kgの液肥を与える。トラブルなく育てば、この方法で10aあたり15,000~18,000kgの収穫が望める。

 ………。
 これを読んでも、スイカ栽培のときインターネット上の指南を読んで「そう言えばそんなこともした」と思ったような感覚は、二三四(わたし)には甦ってこない。すでに書いているとおり、二三四は作業風景をほとんど覚えておらず、記憶にあるのは収穫の場面が多いのだ。逆に言えばそこがいちばん思い出深かったのかもしれない。

 ともあれ、キュウリがを収穫できるようになるまでは、かなり手がかかることはわかった。とくに昼間と夜間別々の温度調節には相当気を使いそうだ。農作業に関してはこまめな性格で、なににつけ工夫するのが好きな二夫(つぎお。父)にとっても、これだけの管理を日常的に続けるのはけっこうな負担になったであろうことは、想像に難くない。

 よしんば二夫がやり方をかなり早期にマスターしたとしても、ミヨ子は理論から教わるわけではなく、二夫の言うとおりに作業しながら、見よう見まねで覚えるしかなかった。

《主な参考》
【施設栽培】ハウスできゅうり栽培!促成栽培・抑制栽培の時期やポイント | minorasu(ミノラス) - 農業経営の課題を解決するメディア (basf.co.jp)

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