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妖怪コレクション2 妖怪学の祖・井上円了

学芸員のおすすめをご紹介するシリーズ「妖怪コレクション」第2回は、「妖怪学の祖・井上円了」についてです。

当館の展示室の出口に、浮かび上がる光の文字。
ご来館いただいた方には、ご記憶の方もいらっしゃると思います。

これは、当館の所蔵品のうち、哲学者・井上円了(安政5〔1858〕年~大正8〔1919〕年)の掛軸(書)から抜き出された言葉です。
ここには、「妖怪の正体見れば我こころ」と書かれています。

この掛軸は、あまり状態が良くなかったために、これまで展示することができませんでしたが、この度修理を行い、開館から3年目の節目に合わせてのお披露目が叶いました。
(当館は、2022年4月26日で開館からちょうど3年となりました)

今回、この軸と合わせて井上円了の著作も展示し、常設展示室「日本の妖怪」にて、特集コーナー「妖怪学の祖・井上円了」を、期間限定(2022年3月7日~5月10日)で公開しています。

井上円了は、安政 5(1858)年、越後国長岡藩に寺の長男として生まれました。
13 歳で仏門に入り、23歳のときに東京大学文学部哲学科に入学。
「諸学の基礎は哲学にある」として、明治20(1887)年、哲学館(後の東洋大学)を創立し、著述や講演を通して哲学の普及につとめました。
妖怪学の創始者としても知られ、「妖怪」という言葉を広めたのも円了であるとされます。
大正8(1919)年、中国大連で客死するまで精力的に全国巡講し、記録に残っているだけでも、5291回もの講演を行いました。

【井上円了 肖像写真】 提供:東洋大学井上円了哲学センター


さて、改めて作品のご紹介です。

書「妖怪の正体見れば我こころ」 大正5(1916)年
(本紙)123.5×33.0㎝ (表装)144.0×47.0㎝

【全体】
【左下・落款拡大】

落款(サイン)には、「妖怪道人甫水」とあります。

「甫水」とは、学祖井上円了先生の出身地「越後の国、長岡西組浦村(現在の新潟県長岡市)」の「浦」を分散して、部首の「氵」(サンズイの「水」)と「甫」を組合わせて甫水という雅号として使用されていたものです。
――東洋大学ホームページ「甫水会の名称の由来」から引用
https://www.toyo.ac.jp/parental/hosuikai/outline/origin/

【右上・印章拡大】

「大正五年」「歳在丙辰」と刻印されています。

【左下・印章拡大】

「談怪我」「甫水円了」「即是怪」と刻印されています。
(怪を談ずる我、甫水円了、即ち是怪)

「妖怪の正体見れば我こころ(ようかいのしょうたいみればわがこころ)」という言葉について。
円了は著作『迷信解』(明治37〔1904〕年)で、「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ということわざをひいて、心細いときなどに思いこみによって何かを妖怪と見間違えてしまう現象について書いています。
本作は語句こそ、このことわざに似ていますが、妖怪の正体を追い求めた円了が、自らの心を見つめたときの境地を表したものかも知れません。
円了は、迷信打破を目指し、哲学によって妖怪を解明しようと試みて、多くの著作を残しました。
その中には次のような言葉もあります。

世人、あるいは余を目して極端の妖怪排斥家となすも、余はむしろ極端の妖怪主唱者にして、世界万有ことごとく妖怪なりと固執するものなり。
――「妖怪百談」(明治31〔1898〕年)緒言から引用

特集コーナー「妖怪学の祖・井上円了」では、他に、円了の著作を3点紹介しています。

『通俗絵入 妖怪百談』井上円了 大正5(1916)年 18.8×12.8㎝

明治31(1898)年に初版が出版された円了40歳のときの著作で、読売新聞での連載『偽怪百談』を改題したものです。
「偽怪」とは、人為的に作られたにせものの妖怪のこと。
例えば「世間では、怪事が起きるとすぐにタヌキやキツネのしわざとするが、実は子どものいたずらだったりする」などの、人為的にひきおこされる「偽怪」の例を、全部で100談収録しています。
円了は「偽怪」の他に、大きく分けて「真怪」「仮怪」「誤怪」の4種に妖怪を分類しました。
本書の目的は、世の中の妖怪は十中八九「偽怪」であるため、これを集めることで、残った真実の妖怪「真怪」を建設することを目指す、としています。

『通俗講義 霊魂不滅論』井上円了 明治32(1899)年 18.8×13.0㎝

円了41歳のときの著作で、さきに出版した『破唯物論』(明治31〔1898〕年)を、世間一般の人にもわかりやすくしたものです。
冒頭から強い文調で、唯物論(ここでは、宗教をおろそかにし、短絡的に生きること)を批判し、国民の道徳のため、「刀折れ矢尽くるまで相争う決心」とまで書いています。

『天狗論』井上円了 明治36(1903)年 22.0×15.0㎝

円了45歳のときの著作で、我が国の代表的な妖怪として「天狗」を取り上げ、その名称、起源、姿かたちなどを論じています。
冒頭に掲げられた参考文献は152種で、『日本書紀』から江戸時代の著作まで幅広く、その中には三次を舞台にした妖怪物語『稲生物怪録』も含まれています。

今回ご紹介した資料・全4点は、春の常設展「日本の妖怪」の特集コーナー「妖怪学の祖・井上円了」で、2022年3月7日(月)から5月10日(火)まで展示中です。
当館の展示のしめくくりとして、常にかかげられている重要な言葉。
その元となった、妖怪学の祖・井上円了の書の実物展示を、どうぞお見逃しなく。

文:吉川奈緒子(湯本豪一記念日本妖怪博物館学芸員)

(主な参考文献)
東洋大学ホームページ「井上円了とは」
https://www.toyo.ac.jp/about/founder/founder01/
東洋大学井上円了記念学術センター『井上円了・妖怪学全集』第4巻(柏書房、2000年)
講談社『井上円了 「哲学する心」の軌跡とこれから』(講談社、2019年)
 
追伸
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