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脚本家・足立紳氏の教育講演会に参加したら「バドジズデジドダ」の呪文が解けなくなった話

NHK連続テレビ小説『ブギウギ』がいよいよ大詰めだ。

個人的に今回の朝ドラには元気をもらったなぁと感じている。まだ終わってもいないのに、今週末、間違いなくやってくるであろうロスに怯えている。ここ数ヶ月間、気づけば口ずさんでしまう「バドジズ デジドダー」。呪文のようにグルグル頭の中を回っているので少々困惑しているが、それもいつかは消えてしまうのかと思うと寂しいデジドダ……。

すっかりこのドラマに愛着が湧いているわけだが、そのきっかけとなったのが、脚本を書かれた足立紳さんの講演会に参加したことだった。

「教育講演会?足立紳さんの?」

1月末に東かがわ市と同市教育委員会主催の「子育て・教育講演会」なるものに誘われた。お堅いやつかと思ったら、講師がなんと足立紳さん。
足立紳×教育委員会=? おもしろそうだから行ってみた。

東かがわ市いいセンスしている
講演は「新婚さんいらっしゃい」のような対談形式で行われた。
文枝ばりに進行する教育長の喋りもお上手。

ドラマの舞台にもなった東かがわ市。地元の『ブギウギ』ファンとおぼしき方々の熱気に包まれて会はスタートした。足立さんのにこやかな表情と穏やかな話ぶりに観客はみな和まされるも、その笑顔のままちょいちょい繰り出される、自虐と愚痴のジャブにはドッと笑いが起こった。

講演前半は、主に『ブギウギ』誕生秘話や台詞に込めた想いなどが語られた。中でも特に印象に残ったことを、感想を交えて振り返ってみたい。

人のみっともない部分を大らかに肯定していく物語

企画の段階で笠置シヅ子さんの自伝を読んだ足立さんは、彼女が母親のエゴについて語るくだりを目にした。身内の恥ずべき部分を開示し、なおかつ自分も母親と一緒だとユーモラスに言ってのけるのを見て「人のみっともない部分を、大らかに肯定していく物語が描けるんじゃないかと思った」と言う。

確かに作品内では、登場人物それぞれの弱さが他の誰かによって肯定され、それを励みにその人らしさを得ていく様が繰り返し描かれている。足立さんは言う。「人がみっともない姿を見せたときこそ、周囲は『それでいい』と言わないといけない気がする。不安を素直に口に出したときに、その姿を『素晴らしい』と別の人間が肯定してあげられることが大事ではないか」

床に臥すツヤが、自らの死後もスズ子を実の母親に会わせないで欲しいと、夫・梅吉に頼むシーン。「性格悪いやろ?醜いやろ?」と言うツヤに対し、梅吉は「醜いことあらへん。ツヤちゃんはやっぱり最高の母親や」と返す。表情を緩ませ安堵の息を吐くツヤの手を、梅吉はギュッと握る。

『ブギウギ』第38話

自分の弱さを認めたり人にさらけ出したりすることはとても勇気のいることだが、「安心」とか「自分らしさ」を手に入れるにはその過程が不可欠な気がする。弱さと向き合うことが自分らしく生きるための入口なのだとしたら、「人がみっともない姿を見せたときこそ『それでいい』と言わないといけない」というのはとても納得がいく。誰にも弱さはある。それを大らかに肯定し合える相手がいるだけで、生きる世界はどれほど心強いものになるだろう。

子の主体性を育てる母・ツヤの言葉かけ

子に相談されたときの、母・ツヤの接し方が魅力的だ。問いかけに真摯に向き合い、心からのエールを送る。干渉はしないが無責任に突き放すこともしない。自分の背中を見せつつ、子が置かれた状況を深慮し、子の判断を見守る姿は、今の時代にロールモデルにしたい親の姿でもある。

「人は自分がこれや!と思うことで生きていくんがええ。そういう場を探していかなあかん。お母ちゃんかて、今はお風呂屋さんものごっつい楽しいで」

『ブギウギ』第3話

将来について思いを巡らす鈴子に、ツヤが送ったアドバイス。自ら生きやすい場所を求め、自分の居場所を作り上げてきたツヤの生き様が浮かび上がる台詞。
「『あなたも自分らしくのびやかに生きられる場所を求めていきなさい。自ら探し、自ら作っていきなさい』という、ツヤならではの励まし」と足立さんは言う。今を生きる私たちへのエールでもある。

「お母ちゃんはあんたが決めたことやったらどっちでもええ。ストライキしてもせんでも大変な決断や」

『ブギウギ』第15話

桃色争議の際、悩むスズ子にかけた言葉は、どちらを選んでも痛みがともなう決断の難しさへの共感と、本人の選択を応援するという心強いメッセージだった。この台詞には、足立さんのある想いが込められている。

「最近、辛い状況にある人に対して『逃げたらいい』という言葉が解決策のように使われることがあるが、それにはいつも『ん?』となる。逃げて楽になるわけではない。『立ち向かう』ことも『逃げる』ことも、どちらも大変な決断だということを周囲は理解していないといけない」

義理と人情の場「はな湯」

「この世はなぁ、義理と人情でできてんねん」

『ブギウギ』第1話

思えば物語はこの台詞から始まった。実家の銭湯「はな湯」で、アホのおっちゃんから風呂代を取らないことを問われたツヤが、鈴子に返した言葉である。

記憶をなくしたゴンベエさんや、お金を持っていないアホのおっちゃんたちに情をかけるツヤ。一見、ツヤが助ける側でゴンベエさんやアホのおっちゃんが助けられる側と映りがちだが、足立さんは「それは決して一方的なものではなく、ツヤもまた彼らの存在に助けられていた」という。

お客さん第1号のおっちゃんをタダで風呂に入れ、その恩返しにおっちゃんは看板を作り、気持ちよさげなおっちゃんの姿にツヤは風呂屋のやりがいを見出し、その恩返しにまた風呂代をタダに……些細な義理と人情のスパイラルが、お互い様の縁を紡いでいく。

今際のツヤを元気にしようと、お金もないのに必死になって桃を探してくるおっちゃんや、最終的に「はな湯」を守るゴンベエさん。最後まで、受けた情けを返そうとする義理堅さに胸が熱くなった。彼らのおかげで、ツヤはツヤらしくいられた。誰もがお互い様で生きている。

自分が楽しむことが一番。トゥリートゥーワン!

羽鳥先生と言えば、「トゥリートゥーワン!」
「スリーツーワン」ではなく。足立さんがこだわったところだという。

「羽鳥先生は、ただ自分を楽しんでいる。今の自分が楽しくてたまらない人を出したかった。自分が楽しむことが一番だし、周りがそれに巻き込まれて楽しくなるのがいい。自分が楽しいからそれをやっている。教えるとか、鍛えるとかではなく」

それで思い出したのが、第32話のスズ子の移籍騒ぎで見せた草彅さんの演技。あまりにも突き抜けていて、羽鳥先生なのか、草彅さんなのか、途中から分からんようになったが「これぞ羽鳥先生」だった。羽鳥先生的には困っているのだが、草彅さん的に最高に楽しんでいる気がして大笑いした。おもむろにピアノを開けてポロンポロン鳴らすあたり、趣里さんはよくぞ笑わずにいられたなぁと思う。まさに「周りが巻き込まれて楽しくなる」を体感した。「楽しむ」しか勝たん。てやつか。

時代に合わせて変化することはマストなのか

女手一つで息子を育て、激動の時代に村山興業を大きく成長させた愛助の母・トミ。昔ながらの家族観、夫婦観を貫く彼女の存在は、愛助とスズ子の結婚の障壁となる。ええ夫婦とは、家族とは——親子で異なる価値観。

足立さんはトミという人物について「そういう価値観の中で生きてきた人。その生き方しか知らない人」だと言い、目まぐるしく変化する社会の中で、何かと変わることを求めようとする今の風潮にも疑問を呈する。「『アップデートしていかなきゃ』とか『昭和の価値観はダメだから、明日から変わってくれよ』とか言われても難しい。その時代を生きてきた人たちの立場も尊重しなければ」

愛助の死後、スズ子を訪ねるトミ。
「ワテは間違うてたんやろか。愛助が死んでからそればっかり考えてますのや」
「ワテは最期まで(愛助の願いを)許さなんだ」
悔いるトミにスズ子が返す。
「お義母さんは間違うてないと思います。愛助さんも間違いやないと思います。家族や夫婦に間違いなんてあらしません」

『ブギウギ』第87話

自らも辛い思いをしたにもかかわらず、懐深く義母の人生や価値観を尊重するスズ子。その姿勢がトミの心を溶かした、心温まる名シーンだった。

スズ子(鈴子)にとっての「義理と人情」とは

「『ブギウギ』は、主人公・スズ子(鈴子)が両親から得た大らかさで周囲に影響を与えながら、母が言った「義理と人情」とは何かを、自らの人生の中で問うていく物語」だと足立さんは言っていた。

梅吉とツヤから脈々と受け継がれている「義理と人情」は、スズ子と愛子、大野さん、ター坊、小田島親子で囲む食卓の絵にも象徴されている。みんな何かしらの痛みや傷があるが、互いの情けによってその痛みにとらわれずに安心してそこにいられる。まるで「はな湯」のように。

ブギウギとは、元々1920年代に黒人ピアニストが作ったブルース・ピアノの奏法を指すそう。特徴は左手のベースライン。1小節を8拍に刻んだリズムが繰り返され、その上に右手の自由な旋律が乗っかっていく。

人の世に当てはめて考えてみれば、ドラマの肝である「義理人情」や、足立さんの言う「周囲の大らかな肯定」が、まさにブギウギの特徴である左手のベースラインなのかもしれない。安定・安心のベースラインがあるからこそ、そこに暮らす一人ひとりが自分のメロディーを自由に奏でることができる。そうして生まれるのが、心のうた、楽しいうた、陽気なうた、なのではないか。

歌手として、一人の人間として、スズ子(鈴子)が最後にどんなブギウギを奏でるのか、一ファンとして物語の終わりをしかと見届けたい。

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