I will follow you

 約束の日曜日。この日のためにてるてる坊主を作ったけれど、雨に濡れないようにかっぱまで着せてしまった。

『てるてる坊主にかっぱ着せたら、雨降るで』

 それは、おかんのイヤミかと思っていたけれど、どうもそうではないらしい。お気に入りの服を着て、髪を束ねている途中、今にも泣き出しそうな鉛色をした空が、堪えきれずに泣き出した。部屋の窓を、雨粒が濡らし始めたのだ。 

『雨が降らへんかったら、バイクでドライブに行こう』

 まだ恋を知らない高校生の私を、少しだけ大人の彼が、誘ってくれた。バイト先で出逢って半年。たまたま同じバンドが好きで意気投合。連絡先も交換して、すぐに仲良くなった。地味でおとなしいと言われる私が、お洒落や化粧をしたくなったのは、彼に恋をしたから。

「なんで雨、降るねん」

 窓の外を睨みつけると、ため息をついた。予定は変更され、駅で待ち合わせ。お気に入りのレインブーツを履いて、大きな傘を広げる。梅雨の時期にお出かけなんて、憂鬱になるはずが、今日は違っていた。レインブーツに雨粒が遊ぶ。大きな傘から滑り落ちる雫が、キラキラと輝く。足早に駅へと向かうと、雨のせいでデニムの裾の色が変わってしまった彼が、笑顔で手を振った。埃を纏った空気を、彼の真っ白なシャツが軽くしてくれた。こんな時、どんな顔をすればいいいのか。強張った顔のまま、不自然な笑みを浮かべる私。

「さて、どこに行こか?」

 そう言った彼もまた、いつもより不自然な笑みを浮かべていた。

「海」

 私は思いつきで、おかしなことを口走った。いや、おかしなことではない。おかんが好きな曲を思い浮かべてそう言ったのだ。

「海、かぁ」

 彼は、切符売り場の路線図を見上げた。梅雨の時期に海に行っても、なにも楽しいことはない。それなのに、私の言うことに文句は言わない。

「ちょっと遠いけれど、ええか?」

 私が黙って頷くと、彼が切符を買って手渡してくれた。

「ありがとう」

 車内の座席に並んで座ると、なんとなく無口になった。こんな時、気の利いた言葉をかけてくれるような、器用な人ではない。隣に、大柄の男性が座った。少し、彼のほうに詰めて座る。煙草のにおいのシャツに寄り添う。彼が一瞬、私に視線を送ったけれど、気付かないふりをした。

「次で降りるから」

 終点近くの駅を過ぎて、やっと彼が口を開いた。ふたりで霧雨降る駅のホームに降り立った。

「夏は、海水浴客でいっぱいなんやけれど」

 彼が、ぽつりと呟いた。改札を出て、大きな傘を広げた。海までの道を、一本の大きな傘で、ふたりは歩く。何もない。ただそれだけで、雨粒のように心が躍った。

「海やぁ」

 波の音がする。青い海、ではない。空と同じような、鉛色の海。

「また夏に、来よか?」

「うん」

 元来た道を歩く、霧雨の中。夏には海水浴客で賑わう駅も、梅雨の時期には静かなものだ。自動販売機で、サイダーを買った。彼はいつも無糖のコーヒーだ。ベンチに並んで座った。

「ちょっとええかな?」

 座って間も無く、彼が煙草をちらつかせて席を立った。そして、霧雨煙るホームのすみっこに移動した。サイダーをひと口、飲む。口の中で小さな泡がはじけると、渇いた喉を潤した。でも、またすぐに飲みたくなった。渇いた喉は何度も何度も、それを欲した。それに飽きると、ホームのすみっこに視線を移した。霧雨に逆らうようにして、煙草の煙はゆっくりと空へと舞う。その煙を、彼の視線がゆっくりと追いかける。彼がチラッと時計に目をやった。電車の時刻を気にしてなのか、はたまた退屈なデートに飽きて帰りたくなったのか。チラッと時計を見るたびに泣きそうな気分になった。

『好き』

 私が言ってしまうと、この関係が終わってしまいそうな気がして、気持ちを伝えることができなかった。それならば『共通の趣味を持つ友達』として、仲良くしてもらいたい。そんなことを考えていると、彼が戻ってきて私の隣に座った。他に人影もなく、ふいに気まずくなった。無口なふたりの間を割って入るかのように、電車の到着を告げるアナウンスが鳴り響いた。霧雨を纏いながら、電車がホームに入ってきた。

「煙草のにおいって、どう思う?」

 ベンチから立ち上がった私に、彼がボソッと呟いた。

「どう思うって言われても。なんで?」

 どう応えたら良いかわからず、逆に質問を返した。電車がホームに入り、停車した。ドアが開いたが降りる客もなく、肩を並べて電車に乗りこんだ。

「においが気になるんやったら、禁煙しようと思って」

 ドアが閉まり、電車はゆっくりとホームを離れた。線路の脇の紫陽花が、霧雨に濡れながらふたりを見送った。ほんの少しだけ、彼に近付けた気がした。(おしまい)

 お題『雨の日をたのしく』。それを見た瞬間、2014年に書いた短編小説をリメイクしてみようと思いたった。名曲『赤いスイトピー』から着想を得た作品。タイトルを見て、ピンときた人もいるかもしれない。

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