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感謝詣り

いつの頃からか、
月の始め頃に、氏神様にお詣りさせて頂いている。

神社の境内は、一歩足を踏み入れると独特の清廉観が漂い、
すっと背筋が伸びるような心もちになるものだけれど、
それに加えて月に一度、
折々の季節の変化や、その時々の美しさに触れられることは、
毎回、心身に優しく滋養が与えられるような恩恵を感じている。


とりわけ、4月のお詣りは春の華やぎがそこここに溢れていて美しい。

この日はそうだ!歩いて行こう!と、初めての試み。
自宅からは2㎞ほど。往復4㎞ほどだとしたら、ちょうど気持ちいい散歩にもなる。
なんで今まで歩いて行こうと思ったことがなかったのだろうと振り返るけれど、少なくとも昨年までは、そのようなことを思いつく生活スタイルではなかった。
ほんのわずかな時間と時間の間をかいくぐるように、氏神様でその静寂に包まれ、心身がほっと緩み、祈り、また日常へと戻っていたことを思い出した。
この一年で、なにか大きくほどけてきている。
そしてようやく、そのほころびに気づけるようになってきたんだな。


(散歩道には、ところどころ春の花が地面を鮮やかに彩っている)


お蔭様で、娘も他県での暮らしの2年目を迎えていることをご報告し、ご加護に感謝をお伝えさせて頂いた。
また、私と繋がってくださっている方々の安穏をお祈りさせて頂いた。
馴染みのあるいつもの優しい風が吹いてきて、
何かお応えしてくださっているように感じた。


鳥居へと向かう階段の途中で、パラパラと雫が身体に当たったように感じた。
雨?と空を見上げるけれど、雨は降っていない。
しかし、何かがパラパラと身体に当たっている。
やはり雫のような何か。でも、どこにも何にも雫のようなものは付かない。
小雨に濡れるような体感だけがしばらく続いた。

何か禊のようなことが為されているのかも…
直観的にそんなことを感じ、有り難くその恩恵を頂いた。


境内を後にする頃には、その体感は消失していた。
やはり雨も降ってはいなかった。
何かが大きく完了し、また新しい何かが始まったような気がした。








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