お伽

    湖の上を歩く夢を見た。私は湖を見たことがないのに。それなのに湖の夢を見た。池でも川でもなくて湖。その湖の水は、とても汚かった。私がテレビか何かで見たどんな湖の水よりも、汚かった。これは夢だ。そう思った。湖の水があまりにも汚かったから、そう思った。時々、夢を見ながら夢だと気がつくことがある。それは遅刻をする夢ではなくて、優勝する夢を見たときだ。何もかもがうまくいったとき。それなのに今日は汚い湖を見て、夢だと確信したのだ。もしかして私の人生はうまくいっているのだろうか。いやそもそも、人生がうまくいくとは一体?わからなくなる。考えると怖くなる。現実はここぞとばかりに現実味を帯びている。だから怖い。現実味のない、あの、首の伸びる妖怪ぐらい、怖い。多様性の時代だ。首の伸びる妖怪のことだって、首が伸びるという理由だけでは怖がってはいけない。ああ、そうだ。世間はそれとなく怖い。

湖の中に落っこちそうになった。竜宮城に行けるのだと思った。亀を助けた憶えはない。かくかくしかじかでおじいさんにされてしまう覚えもない。それなのに、私は竜宮城を夢に見た。だが、私は竜宮城には行かなかった。湖は竜宮城には繋がっていないからだ。それなら竜宮城はどこにあるのか。海にならあるのか。それは知らない。ただ、湖にはない。そういう設定だからである。
「綺麗な湖」と私が言う。汚い、と思っているのに。「大好き」と私が言う。王子様にかかっていた呪いが解けたみたいに。目の前に王子様はいない。なかなか思うようにはいかない。夢の中だってそうだ。だけれど思うように生きたい。まあきっと、誰だってそうだ。「ねぇ、王子様」と言ってみる。目の前には、白馬に乗った王子様がいる。汚い湖に都合よくデリバリーされた王子様。王子様は黙ってこちらを見つめている。この王子様は、このままなんとなくで湖に棲みついて、誰かの斧を拾ったりしてくれる。何が彼の幸せかは知らない。
私は白馬にキスをした。白馬は嫌そうな顔をする。「じゃあそろそろ覚めてやろうか」白馬は悲しそうな顔をする。「また会おうね」白馬は、子犬のような声で鳴いた。王子様はもういない。

 目が覚めた私は瞬きをした。「湖、汚かったなぁ。」今度は竜宮城に行ってみたいなと思った。せっかくの夢の中なら、おじいさんになって、ハイジと、暮らしてみたいと思ったからだ。

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