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将棋の魔力、逆転の世界――連載「棋士、AI、その他の話」第23回

 2023年6月20日王座戦挑戦者決定トーナメント、藤井聡太七冠-村田顕弘六段。全冠制覇のかかる最強・藤井に対し村田が用いた作戦は「村田システム」だった。独自に編み出した戦法で、序盤に角道を開けない戦い方に特徴がある。 これに戸惑ったか藤井は上手く対応できず、作戦負けに陥った。反対に村田の手は冴え渡る。完璧な指し回しで優位に立ち、いつしかAI勝率は80%を超えた。勝勢だ。あの藤井聡太相手に完勝しようとしている。だが、皆知っている。藤井はここからが怖いと。
 持ち時間を使い切った藤井は、自陣の銀を掴み、一つ前に突き出した。
 何だ、この手は?
 そこには村田の角が効いている。タダで取られるようにしか見えない。しかし藤井が指したのだ。そこにはもちろんからくりがある。村田の角が動くと、守りが手薄になる。すると村田玉を詰ますことができる。藤井はそう言っているのだ。
 村田はこの企みを看破した。銀を取らず、自玉の守りを固めた。直後、藤井は攻め駒の金で底歩を取る。これも謎の手だ。守りの銀が効いている。時間に追われた村田は、その金を取った。
 それで将棋は事実上終わった。
 藤井は先ほど突き出した銀で、村田の香をむしり取る。これが自玉の詰めろを解除し、逆に相手玉を詰めろに追い込む逆転の一手なのだった。藤井は狙っていた。あの銀は、角を動かすことが目的に見えて、実は香を取ることこそ真の目的だったのだ。藤井の複雑な罠に、村田は引っかかってしまった。局後、村田は「最終盤までに時間を使いすぎてしまった」と嘆いた。そう、逆転は大抵、時間がないときに起こる。

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