見出し画像

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#56

12 神の行く末(3)

 聞多にとってこの大坂行きは、大隈と親しくなる良い機会になった。そのまま二人で宿舎となる宿に到着した。宿に着いた聞多を待っていたのは木戸からの文だった。その文を読んだ聞多は木戸のもとへ急いだ。
「そう急がずともよいだろ。明日には俊輔もつくようだし」
「俊輔がおらんほうがええんです。わしはほんとうの意味では、厳罰は望んではおらんのです」
「どういうことだ」
「イギリスで見た教会や儀式は、流石にあちらの文化の素で、美しかったのじゃ。惹かれるのはよう分かる。それに心の中の事まで政が取り仕切れるかと。それに、現実問題として」
「現実問題として?」
「留学生が信者として帰ってくることも考えなくてはならんと。あちらの文化を学ぶということは、宗教も学ぶっちゅうことじゃ。影響を受けぬことは難しいかと。そうなればいずれ解禁じゃ。それを予想できるのに厳罰とは」
「なるほどの」
「わしは、沢総督の代理人でもあるので会議の場では、長崎での意見だけ言うことにしよう思ってます。多分一緒に来た大隈が、西洋の知識を入れたことを申すはず。それを聞き入れてくれんだろうか」
「そういうことか、頭に入れておこう」
「さすが木戸さんじゃ。大隈は肥前じゃ。長崎で宣教師から英学を学んだお人じゃ。ただ英語はいまいちのようじゃがの」
「それで、帰藩のことだが。難しくなった」
「そうじゃと思うた。御堀は帰ったと聞いちょりますが」
「広沢も帰ろうとしたら、アチラコチラで反発を招いてしまった。聞多も同じだろ」
「そうです。何もなしとらんで国に帰れる訳なか、って怒られました」
「騒がせてすまんかった」
「俊輔は神戸じゃってききました」
「ひさしぶりか」
「はい、鳥羽伏見の前に合ったきりで。あぁ、そうじゃ。長崎府庁の御料地の件も説明しときたいのじゃが、よろしいかの」
「大丈夫だ」
「どこもそうだと思うんじゃが。庁務を行うにも費用が賄えん状態じゃ。それで」
聞多は持ってきた地図を出して指を指した。
「ここが長崎で、ここに松浦と唐津がある。この松浦と唐津は石炭が取れる地じゃ。ここも長崎府の直轄地として、石炭からの上がりを入れさせて欲しいのじゃ」
「石炭を。継続的な収入が欲しいと言うことか」
「そうじゃ。上納金では一時しのぎで、うまくはいかんのです」
「わかった。考えておく」
「よろしくおねがいします。明日は大隈も連れてきます。それではこれにて」
聞多は木戸のもとを下がり、宿舎に帰った。
「くま、おるか」
「あぁおる。長州つながりか。出かけていたの知っとう」
「すまん、木戸さんに合っとった。そうじゃ景気づけにちょっと行こうかの」
「そうであるな。楽しく行こう」
それほど羽目をはずすこともなく、次の日に備えた。
次の朝、聞多は大隈の部屋にまず行った。
「くま準備はできとるか」
「それじゃ行くとするか」
 まず木戸の宿舎に二人でいった。そこにはすでに俊輔が来ていた。
「木戸さん、わしじゃ。大隈連れてきた」
「くま、こちらが木戸さん」
「聞多」
「よう俊輔」
「こっちは伊藤じゃ」
「大隈重信と言います。以後よろしゅう」
「まぁ堅苦しいのなしじゃ。のう木戸さん」
「大隈くんか。木戸孝允です。井上くんから聞きました、たのみます」
「伊藤俊輔です。よろしゅうお願いします」
俊輔は、少し大隈を見つめていた。大隈と聞多の距離感を見定めているようだった。
「木戸さん、日本側の出席者は他にどなたがおるのかの」
「今日の予備会議は伊達公と後藤象二郎と由利公正が出席される。それに私と君たちだ」
「くま、思いっきりやってええぞ。というか、頼む」
聞多は大隈の顔を見て思いっきり笑いかけた。
「それに議題は、キリシタンだけでなく、貨幣についてもお願いしたいのじゃが。大丈夫かの」
「由利公正もおるから大丈夫だ」
「ようし。わしからはこんなものかの。大隈も俊輔も詰めておきたいことがあれば言ってくれんかの」
「僕は特に」
「吾輩も大丈夫です」
「そうじゃ、俊輔。聞いたぞ。大活躍じゃないか」
「たまたまとまさかが重なって、帝の公使たちとの謁見の通訳をすることに」
「それにしても、攘夷派は無くならんもんじゃの。パークスに何もなくて良かった」
「木戸さん、外国からの代表にはもちろんパークスも来るのですよね」
俊輔が木戸に訊いていた。
「当然じゃ。一番うるさい相手だぞ。なにかあるとすぐねじ込んでくる」
「それじゃサトーも来るっちゅうことじゃ。これは楽しみが増えたの。俊輔」
「聞多はずっと手紙だけか」
「長崎じゃなかなか難しいからの」
「そろそろ行在所に向かうか」

サポートいただきますと、資料の購入、取材に費やす費用の足しに致します。 よりよい作品作りにご協力ください