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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#62

13 貨幣の重み(3)


 製鉄所の方も壁にぶつかっていた。
「どういうことじゃ。まだ規則案が提出されておらん。速やかにしろと言ったはずだ」
「それは、事業所内の廃刀とは。あの」
所長が歯切れの悪い答えをした。その物言いが馨の気持ちの糸を切った。
「士だと威張ってどうなる。町人だと侮っておるから、製鉄所の空気が淀むのじゃ。皆で力を合わせてやる算段を考えろと申している」
「わかりました」
「良いか、一両日中にできなければ、わしの案通りで規則とするぞ」
 事務所から出ていく所長を見ながら、ため息を付いていた。こうなったら自分で動いていくしかない。
 袴と羽織を脱ぎ作業場の方へ向かうと、銃の試作品を組み立てていた男に声をかけた。
「どうじゃ、ものになりそうか」
「あまり見ん顔ばいな。どちら様ばい」
「最近こちらで、仕事をすることになった勇吉じゃ」
「勇吉さんと。わしは真也と言う」
「これは鉄砲かの」
「上ん人から鉄砲ば作れ言われた。どがんか形になったところ」
「ほう」
 そう言うと銃を構えてみた。重さや重心は問題ない。強度が十分であれば使える。下ろすと銃身を覗いてみた。内側に線条が描かれている。ミニエー銃の要件は備えている。見た目は十分だった。
「勇吉さん銃が使えるんか」
「わしは元々長州の出じゃ。戦にもかり出されたしのう。銃の訓練もさせられたのじゃ」
「ほう、手慣れたもんや。流石や」
「撃てるんかいの」
「まだだ。暴発せんとも限らん」
「ほう、試し打ちを見たいの」
「もう少し数作ってからばい」
「ところで、ここは仕事しやすいかの」
「何でだ」
「わしはうるさいだけのお偉方が苦手じゃ」
「なんか上の人が変わったらしいが、わしには関係なか」
「ほう、関係ないとな」
「ここが嫌になったら別のところに行くだけばい」
「職人は強いの」
「お前さんもそうじゃなかか。流れ者やろう」
 流れ者か。たしかにそうかも知れない。長州、長崎、本当なら佐渡に行っているはずだった。それに京・大阪、江戸改東京、これからどこへ行くのだろうな。そういえば洋行の話も出ていたが立ち消えになっていた。
「いや、わしには腕がないからの。流れていく先はないんじゃ」
「鍛冶ん父親に反発して、家ば飛び出したところで、結局鉄づくりばい。とりあえずここは良さげなんで、しばらくいるつもりばい」
「それは頼もしいの。よろしゅうな」
 聞多は真也と別れて、この先のことを考えていた。製鉄所の事業を広げていく希望を持っていても、さて何をすればいいのかを、考えなくてはいけない。使える職人にやりがいのある仕事を見つけなくてはと、府庁での書類を見ることも増えてきた。
 そんな中、文が届いた。一つには木戸から「全国大会計の基礎」つまり国の財務について、取り調べをすることになったので、取調掛に任ずることになったというものだった。

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