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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#59

12 神の行末 (6)

 聞多は木戸に会議の終わったあと、控えの間で待っていてほしいと言われていた。外を眺めて待っていると、木戸が入ってきた。
「すまん、待たせた」
「いや、それほどでも」
「実は、このあと長崎に行きこの件の説明をすることになった。そのついでにというか山口にも行って、新政府出仕者の帰藩が認められないことについても説明して来ようと思っている」
「殿には義理が立たぬことになってしまうのかの。長州は人を失いすぎたところ、こうして居るのに、お役に立てないのは残念なことじゃ」
 聞多は遠くを見るような目で言った。木戸は聞多が藩主敬親や世子元徳(定広から改名)に気に入られていたことを思い出した。
「色々話もしたいから、一緒に行かぬか」
「さすがに山口へは無理じゃろ。三田尻にでも寄港する船で長崎に向かうのなら、ご一緒したいものじゃ」
「そうだな、そうしよう。まだ片付けぬといけないことがあるから、兵庫で待っていてくれぬか」
「それなら、俊輔のところでも世話になろうとするかの」
「それがいい」
聞多は木戸と別れて宿舎に戻った。
「くま、居るか」
「井上か」
「明日には発つのだろう。礼を申しておこうとな」
聞多は大隈に歩み寄って、右手を差し出して言った。
「短い間だったがお世話になった。これからもよろしくお願いしたいものじゃ。新しい地でもその力発揮して変えていってくれ」
「吾輩も同じである。これからもよろしくお願いする」
聞多の差し出した手を右手で握った。
「今度はシェイクハンズ直ぐにできたの。それじゃ」
聞多は大隈の顔を見て笑って、出ていった。
「あいつ我輩を馬鹿にした」
大隈は眉間にシワを寄せて呟いた。でも、改めて面白い男だと思った。
翌日、聞多は俊輔の宿舎を訪ねた。
「俊輔、居るかの。邪魔するぞ」
俊輔は帰宅の準備をしていた。返事を待たずに聞多は入り込んでいた。
「荷造り中すまん。木戸さんと一緒に兵庫から船に乗ることにした。それで、木戸さんが来るまで、俊輔の家に寄せてもらいたいのじゃ。もし無理なら宿を取る」
「無理だなんて。聞多が来てくれるなら歓迎だ」
「それは有り難い。で、いつ帰るんじゃ」
「明日にする」
「それじゃわしも荷造りせにゃならんな」
「荷造りするほどの荷があるんか」
「ないの」
 二人で一緒に笑った。大したことではなかったがなんかおかしかった。次の日二人で一緒に俊輔の兵庫の家に行った。家につくと聞多は俊輔から辞書を借りた。木戸が訪ねてくるまでの間、暇さえあれば辞書を眺めていた。
「なんで、そんなに辞書を読んでいるんだ」
「少し調べたいことがあるんじゃ」
「調べるって感じには見えんけど」
「確かに辞書を読んどるな」
「なぁ俊輔。おぬしずっと俊輔でいくのか」
「ずっと俊輔でって変なことを聞くな。名乗りを変えるのかってことか」
「そうじゃ」
「僕は高杉さんにいずれは『博文』にしろって言われた。名前負けしないと思えたときに変えようおもってる」
「そうか。晋作にな」
 聞多がなにか考えているようだったが、俊輔は特に尋ねなかった。そんなふうに数日過ごしていると、木戸が訪ねてきた。もう明日には兵庫を発つのだという。俊輔は宴席を設けた。久々の馬鹿騒ぎをした。長州にいたときを思い出すくらい、久々に一緒に入られたのは楽しかった。翌日お互いの頑張りを約束して分かれた。
 聞多は木戸と船に乗り、今後のことを話し合った。長崎の製鉄所の運営をしたいということも。三田尻で下船する木戸を見送るときには「殿と世子様にお詫びをお願いしたい」と言伝をお願いしていた。
 長崎に着くと、大阪の会議の報告を行った。キリシタンの処分が代表の死罪から他藩へのお預けと改宗・棄教をさせる、となったことには異論が出たが、話し合いの結果受け入れて実行していくことになった。細かいことは木戸が長崎に来てからということになった。しかし木戸との話し合いでも変更されることはなかった。話し合いの途中とはいえ、教徒たちの移送が決定すると、速やかに実行に移した。木戸が帰京する頃には代表者たちの移送は終わっていた。うるさい外国勢からの横槍を入れさせないためだった。
 聞多は帰京する木戸を見送りに行った。
「いろいろとありがとうございました」
「聞多にしては随分殊勝なことだな」
そう言うと木戸は船に乗り込んでいった。

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