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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#58

12  神の行末 (5)

 料亭に入り、聞多が色々注文をした。料理が運ばれると聞多と俊輔は酒を飲み始めた。
「聞多、長崎はどうなんじゃ」
「まぁ、どこもそうじゃろうが金がない事にはの。何もできん」
「神戸の方は外国人との間のいざこざが多くて大変じゃ。攘夷など無意味だと通知を出しただけじゃ変わらん」
「おまけに贋金もあるしの。しょっちゅう外国人商人からねじ込まれて、頭の痛いことばかりじゃ」
「やはり、金も力もまとめて強い政府を作らにゃあだめなのでは」
「だが古い連中はしぶといぞ。既得権益持っとるもんは強いからの」
「なんか次の目標が定まってきた」
「因習打破じゃ。それとわしは長崎でやりたいことがあるしの」
「なんじゃ」
「長崎にある製鉄所を運営したい。願い出るから、俊輔からも木戸さんに頼んでほしいんじゃ」
「聞多がか。まあ僕からもお願いしてみるけど」
 聞多は俊輔と別れ、折り詰めを持って帰ってくると、大隈の部屋を訪ねた。
「くま、起きとるか。これ土産じゃ」
聞多は折り詰めを置くと「うるさがられるのはたまらんから退散じゃ」とすぐに出ていった。
 翌朝大隈は聞多の土産の折り詰めを食べた。そろそろ出かける頃合いだと思ったとき、戸が開いた。
聞多は「準備できとるか」という声とともに顔を出していた。
「これ、うまかったぞ」
「そうじゃろ」
 聞多はニンマリと笑って「京の岩倉様や小松殿によろしく申してくれ」と言って送り出した。
 大隈は京での話し合いの結果を持って大阪に戻ってきた。京での結論を受けて、代表であっても厳罰に処すべきでなく、他のものと同様に各藩に預け改宗をさせるということになった。
今度は決定した方針を、イギリスを始めとする諸外国との会議で説明することになる。大隈と聞多は連れ立って行在所に向かった。
 行在所に着き、控えの間につくとすでに俊輔が座っていた。
「俊輔、早いの」
「聞多、サトーがもう来ている。会議室の下見をしていると」
「そうか、くまも一緒に来い」
三人で会議室をのぞくと、アーネスト・サトーが歩き回っていた。
「グッドモーニング、ミスターサトー」
俊輔が声をかけた。続けて聞多が言った。
「ハウアーユー?」
「ファイン!」
サトーが答えた。
「お久しぶりです。あいかわらず気の合っていることで」
「それだけが売りじゃ」
 笑った聞多は握手を求めて、手を出しながら言った。サトーも手を出してがっちり握手をした。
「僕は京の事件以来かな」
俊輔もサトーと握手をした。
「今日はお手柔らかにお願いしますよ」
「こちらはわたしの同僚の大隈だ」
「大隈さんはじめまして」
サトーが手を差し出すと、大隈は少しの間をおいて、あっという感じで握手に応じた。
「井上さんと伊藤さんとは、長州との戦争以来の友人です」
サトーは、少し驚いていた大隈に説明をした。
 話をしていると、事務方の者が入ってきて、そろそろ始まりますと告げた。それを聞いて皆この場を去って、それぞれの控えの間に戻った。
 会議の場には、イギリスのパークスを始めとする諸外国の公使と、外国事務局総裁の山階宮晃親王と三条実美、岩倉と前回からの出席者が連なった。議題は開港問題も合ったがそちらは大した議論にはならなかった。やはりキリシタンの処分問題では、パークスもかなり激しく物言いをしていた。対して日本側は大隈が引っ張った。
「基本的にこの問題は我が国の規則に基づいた判断によるものであり、外国からの干渉を受けるものではない」
「国をまとめていく初途にあるところ、すべてを解禁することは国情に合わない」
大隈は激しい口調で論じて、パークスに詰め寄るところは本領発揮というべきかもしれない。しかし、この件については意見の一致には遠く、結論を見ないまま会議は終わった。


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