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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#65

13 貨幣の重み(6)


 中央では民部省大蔵省の合併による財政と地方行政・通信交通政策の一元化も進められている。民部大蔵が合併すると、聞多も民部大蔵大丞兼大阪府大参事心得となり、造幣頭から異動したものの、大阪勤務は変わらず造幣寮への監督は続けていくことになった。造幣頭には井上勝(元の野村弥吉)が就任した。
 何をするにも金はかかるのに、手元にはない状況は相変わらずで、結果税金の取り立ては厳しさを増し、一揆が起こるようになる始末だった。それでも、民部大蔵大輔となっていた大隈の屋敷では、改革の担い手である官員や書生が集まり色々と論じあっていた。隣に住んでいた俊輔や上京の度に顔を出していた聞多も参加していた。
 俊輔は民部大蔵少輔となっており、名も博文と改めていた。鉄道の建設や、電信の敷設、製鉄・造船などすべきことはたくさんあった。流石に鉄道に関しては、国の予算を振り向けられず、外国から借り入れることになった。
出張で上京していた聞多は、大隈の屋敷で俊輔とも話し合いをしていた。
「井上、造幣寮は進んで居るのか」
「それが火事を出して、寮の建設は止まっとる」
俊輔の顔を見て思い出したように聞多は続けた。
「俊輔も知っとるじゃろ。斎藤弥九郎先生が判事としておられて、その火事の時に火の中から重要書類を持ち出してくれたんじゃ。すごかったぞ」
「それこそ老骨に鞭打ってだな」
俊輔が答えると、聞多はまた何かを思い出していった。
「そういえば、大村先生の襲撃の件は、兵制改革に関する不満か」
「大村兵部大輔のことか」
「徴兵制は薩摩もよく思っておらんから。敵は多かったばい」
大隈が答えた。
「まさか、亡くなられるとはの。いちばん重要な局面と言うに。教えをもっと乞うておいたら良かったの」
聞多の顔から表情が消えていた。
「攘夷派もおるし、士にとってもな」
俊輔もつけ加えて言った。
「農民と一緒に隊を組むなどって言う理屈じゃな」
聞多は物憂げに考え込んでしまった。
「大村さんの後の兵部大輔は前原さんかの」
「大久保さんや広沢さんは賛成しているが、木戸さんが反対している。そうなると広沢さんも反対に回るかもしれんの」
俊輔が説明していた。
「前原さんが兵部大輔になるというのは、木戸さんがあまり好まん事態じゃの。徴兵制への進捗が遅くなりそうじゃ」
「聞多、どうかしたのか」
「いや、なんでもない。木戸さんや大久保さん達と明日大阪に戻るだけのことじゃ」
「そうだった」
「聞多、僕の家に来ないか」
「俊輔のところも梅さんは落ち着いたばかりじゃろ。わしはここの長屋で寝るからええ」
「聞多…」
「ハチもな、世話になった。また今度じゃ」
そう言って母屋を出て長屋に行ってしまった。
「聞多のやつ、本当に大事なことは言わないらしい」
「どうした、伊藤」
「聞多の兄上が亡くなられた。この先が大変だと思うのに何も言わん」
「伊藤だって、貞ちゃんが亡くなったばかりばい。気を使っとるだけばい」
「そうだろうか」
俊輔には大隈に慰められることが意外で、挨拶もそこそこに帰っていった。
 聞多は次の日横浜に向かい木戸や大久保、黒田、杉、品川たちと合流し、一緒の船に乗り、大阪に赴いた。木戸は敬親に上京を促す役目も持っていた。大久保、黒田と分かれて下船すると、聞多は役所に出張の報告書を提出し、大阪からの三浦梧楼と木戸たちとまた合流し三田尻へむかった。
「萩や山口の方はどうなっとるんじゃ」
聞多は杉に聞いた。
「諸隊の方で御親兵について不満のあるものも居るが、大したことはないだろう」
「弥二郎もどうじゃ」
「わしもそう思っとる」
「二人が言うのなら大丈夫だろう」
木戸も同意してその話は終わった。
三田尻で下船すると、野村靖と三好重臣が待ち構えていた。
野村が木戸の顔を見るなり言った。
「事態は深刻になりつつあります。諸隊の造反者が隊を抜け常備軍と対峙をしております」
「東京では大したことはないように聞いたぞ。どういうことだ」
聞多が何を言っているのだというふうに聞き返した。
三好からも話を聞くと、聞多が言った。
「杉、わしらは野村と三好と共に下関で様子を見よう。木戸さんは…」
「私は弥二郎と山口へ行き殿に拝謁してくる。下関で会おう」
「下関で待っとります」

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