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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#61

13 貨幣の重み(2)

 もうひとつこの旅で見つけられたものがあった。下関から船で門司にわたり、陸路で長崎を目指していた。途中で寄った博多の街で、つい骨董品屋を眺めてしまった。
 「これは、良さげなものがありそうじゃ」
するとそこにあった、素晴らしい染め付けの五客の器と目があってしまった。こんなに目が離れていかない感覚は初めてだった。
「うーん、目が離せない。どうやっても目がいってしまう」
「この値札は、無理じゃ。どうやっても給金の一年分じゃ」
そうつぶやきつつも、つい手が懐の金子に手が伸びる。
「母上、すまぬ。これは無駄遣いではない」
「店主、これが欲しいのだが」と絵付けの皿を指で指してしまった。もう仕方なくではない、思い切って手に入れてしまった。これを持って、長崎まで帰るのも一苦労かと思ったが、気持ちが浮き上がると、全く苦にならずにつくことができた。これで、まだまだ頑張れる。
 長崎で腰を落ち着かせて仕事をやっていこうと決めた。まずはやっと始められた製鉄所の改革を、本腰を入れて行おうとした。いざ動かそうとすると、管理者の武士と工場労働者の対立などがあきらかになった。経営も当初から波乱含みになった。そんな時、聞多は実家で畑仕事をしていたときのことを、思い出した。
「勇吉、こうやっておぬしが畑仕事をせぬばならぬのは、この畑を耕してくれる小作がおらんからだ。わしらは小作に土地を貸し作物を作ってもらってこそ年貢が取れる。わしらが地主だと威張ってもそれを認めてもらわんと、小作は逃げてしまうかもしれん」
「父上、小作を大事にしなさいと言うことじゃな」
「そうじゃ、わしらがこうやって畑仕事をするにしても、皆の協力がなければ続けていくことは難しかろう。それをわかってこそやっていけるのじゃ」
 士族じゃ職人じゃ言っているうちは、物を作っていく障害になりかねないということだ。五箇条の御誓文のこともある、いっそ刀を製鉄所の構内で指すことを禁じるか。管理者の武士という意識をどこかで崩させて、皆で一丸となる方策を考えたほうが良いかもしれない。
「そうじゃ、就業規則じゃ。これを定めて、納得できないものには去ってもらうのも仕方あるまい。そのかわり、しっかり仕事をして、利益が出れば、給金か報奨金で賄う。これでいくか」
 聞多は事務掛のものに職人頭と所長を呼び出してもらった。
「わしがこの製鉄所の御用掛として参ることになった井上聞多じゃ。よろしく頼む」
「ご挨拶ありがとうございます」
所長が答えた。
「ここは、どのような規則で働くことになっておるのか」
「はぁ、あまり規則と言えるものは」
「なれば、就業時間、製鉄所内での帯刀の禁止、収益の配分、職員の職制などとして、速やかに案を上げてもらいたい。これがわしの作ったたたき台じゃ」
「はい、お預かりいたします」
所長が受け取り答えた。
「それで、たとえばこの『ミニエー銃』を作ることは可能か。試しにつくってもらいたい。職人頭、そなたはどうじゃ」
「早速試してみます。これば分解してん大丈夫ですか」
「だいじょうぶじゃ」
 銃が作れて、輸入を減らせれば、悪化する財務への一助になるはずだ。輸入といえばなるべく完成品を入れるのではなく、機械を入れて国内生産を図るというのも重要だな。ここで機械が作れるようになることも目標にしておこう。
 府庁に戻ると俊輔から文が来ていた。版籍奉還についてとその先の廃藩について書かれていた。版籍奉還については、現在の藩主が知事になることは仕方ないこととしても、世襲を認めてしまうと改革は困難になってしまう。そして、藩が基本単位として事実上残ることは避けたい。木戸さんともこの点は意見が一致しているので、俊輔とともに世襲制反対で行動していくことを伝えてある。
 その先にあるのが廃藩置県だ。藩主・殿様・領主を否定する仕組みを作ることは可能なのか、長崎の公儀の作った仕組みと既得権益の中で暮らしている人達を見ていると、時期尚早としか思えない。藩を廃止して県に置き換えることで中央政府の元まとまった政治を行わなくては、外国に対峙することはできない。それをわかっている一部の者で進めて行くのか。一致した論を興し進めていくのか。
 聞多にはまだ判断が付き兼ねていた。はじめ、そのまま俊輔に返事をした。廃藩については急ぐべきではないと思う、と。しばらくすると、俊輔が廃藩について建白を行い、反対派から性急すぎるといわれ、そのような急進的なものに知事は任せられぬと足を引っ張られ、副知事に降格になったという話が聞こえてきた。

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