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【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~#24

異国(5)

 聞多や俊輔は政治や社会の仕組みに興味を持ち、弥吉は鉄道、山尾が造船、遠藤も化学といった自分の分野を意識するようになってきた。

「そういえば俊輔。イギリスのクイーンと政府の関係が長州の殿と似とらんか。こう上に立っとるが政は政務官が行う。こういう仕組みもあるんじゃな」
「実際は複雑そうじゃな。でも、民も政のことよう知っちょる。皆で俺等の疑問に答えてくれるんだものなぁ」
「こういう所からも国の力は出るんじゃの」
「そうじゃ。学ぶ事は多いのう」
 生活する中肌感覚からも得られる事は多かった。

 そんなある日、新聞を読んでいた時、ある記事に目が釘付けになった。それは自分たちがロンドンに着く前のロンドン・タイムズの記事だった。生麦事件のあとイギリスが薩摩に攻め込んだ薩英戦争や長州が攘夷の決行をしたことが書かれていた。

 その後の記事でも馬関での攘夷決行で、関係4か国に報復の為動きがあることも伝えていた。イギリスは関門海峡の閉鎖に怒っているようだった。
 それを読んだ聞多は、藩だけでなく国としても危うくなると考えた。力の差の大きい国、帝国主義的な圧力、色々な要素をかじっただけでも対応が誤ると国としての存続に危機が来ることは想像できた。

 その記事を読んだあと、5人で話し合うことにした。聞多が口火を切った。
「わしは帰国しようと思っちょる。攘夷などやるべきではないと、国の意見の流れを変える必要があると言うんじゃ」
「聞多さん、まだそんなこと言える状況じゃないと思いますよ」
 山尾が反対した。
「そうですよ」
 遠藤も弥吉も山尾に賛同した。
「攘夷派といってもまとまりが無く、そもそも藩のほとんどが攘夷を言っている状況で、攘夷を反対する意味がわかりますか。何になるんです。殺されるだけですよ。それはここに送り込んでくれた人達の気持ちを、無にする事になるんじゃないですか」
 山尾は強く言ってきた。
「帰る国が無うなったらどうするんじゃ」
 山尾の反論など聞きたくない様子で聞多は続けた。
「庸三の言いたいことなど当にわかっちょる。じゃがここにおって、何もできなかったと後悔するよりも、帰って死ぬ方がましじゃ。確かに勉学が不十分で帰るのも不義かもしれん。それでも何か役に立つと思うんじゃ」
「庸三、多分聞多に何を言っても無駄だよ。僕は止めない」
 今まで黙ってきた俊輔が言った。
「それじゃぁ皆で帰国するのはどう」
 遠藤が言った。
「それは駄目じゃ。全員で帰国しては、真の攘夷の目的が、技術を学んで外国と対峙できる国造りが出来なくなる。帰るのはわしだけで良い」
「聞多、一人で何ができるというのかな。僕も一緒に帰るよ」

 俊輔が聞多に向かって言った。聞多は俊輔を睨みつけていた。そしてふうっと息を吐き出した。

「分かった。わしは俊輔と二人で帰国する。三人は勉学を続けてほしい」
 これが結論だと反論を認めない雰囲気だった。山尾もわかったと言うしかなかった。

 聞多と山尾が下宿先に帰った頃、俊輔は弥吉と遠藤を相手にぶちまけていた。
「聞多が僕と離れて一人で帰国するってありえないだろう」
「それは俊輔に勉強を続けてほしいからじゃろ」
 遠藤がなだめるように言った。
「共に頑張ろうって言ったのは聞多の方だ。それなのに。僕は高杉さんからも、聞多を一人にするなと言われてる。一人で帰して何かあったら高杉さんにもなんと思われるか。本当にあのひとは勝手じゃ。勝手気まますぎる。事前に相談もなかったんだ」
「高杉さんのことは聞多さん知らんのでは」と弥吉がぼそっと言った。
「うるさい、そんなことは関係ない」

 俊輔の歯止めが効かなくなっていた。二人はただ聞いていることしかできなかった。

 これで簡単に帰国できるわけでもなかった。留学費用は商会の方に寄託されている。商会の了承が無ければ事実上帰国は無理ということになる。学んできた英語の力も試される。それだけでなく、聞多にはもう一つやっておく事があった。

 下宿に戻ると山尾と二人きりになった。
「山尾、おぬしにやってほしいことがあるんじゃ」
「だったら残ってやればいいのでは」
「そんな事言うな。そもそもあるかわからんことじゃ」
「なんですか」
「わしらは、密航者といっても領事館のガワーの伝手でここまで来た。ということはイギリス政府はわし等のことを知っちょるつうことじゃ」
「そうですね」
「もし政府が日本の事情を知りたくなったら、わしらに聞きに来るじゃろう。そうしたら、攘夷活動は公儀を困らせ、倒すためにやっていて、決して諸外国が悪いと思って、やっていることではないといって欲しい」
「えっ、そんな話聞いたことないですよ」
「少なくともわしや高杉はそうだったんじゃ。大君の幕府を倒し、帝のもとで統一した世にしたいと思っているひとが多いとも言ってくれ」
「それが公儀の影響のない人の意見になるということですか」
「そういうことじゃ。長州の立場をわかってもらって、良い印象を持ってもらうようにすることじゃ。これも大事なお役目。じゃが弥吉や謹助では頼りなくてのう。お主に頼むことにした」
「わかりました。しっかり頭に入れておきますよ」
「あーほっとしたぁ。気が抜けるのう。もう寝る」

 山尾がなにか話しかけようとしたが、すでに寝息を立てていた。


 次の日聞多は俊輔を下宿に迎えに行き、商会の担当者に話をしに向かった。部屋に通されると、商会の代表のジャーディンが来るまでこの部屋で待ってほしいと言われた。

「聞多、大丈夫か。絶対にやめろと言われるぞ」
「わかっちょる。だいたいわしら本当の年齢よりも低く見られているとおもわんか。そこからじゃ」
「単なる学生ではなく、政庁の役人だというということじゃな」
「そうじゃ、政に口を出せる立場にあるから帰ってやることがあるし、できることがあると言うんじゃ」

 二人はジャーディンが来ると挨拶を述べて、握手をする。ここまではうまく行っている。あとは会話だ。

「すぐに帰国したい」
 聞多が切り出した。
「何故か」
「この新聞の記事だ。我らの故国がイギリスやアメリカに砲撃をした。そのあと被害者の4カ国が我らの故国に攻撃を加えようとしているとある。これを止めたい」
 必死に考えながら、聞多は続けていった。これは、最終試問なんだと思っていた。
「私達は故国の長州の役人だ。政治的な話もできる」
「商会でも日本のことは知っている。だから長州に帰って、君たちができることはないだろう」
「そんなことはない」
 こんどは俊輔が言った。
「外国に親しいと危ない。死に行くものだと言う調査も読んだ」
「大丈夫だ」
 そんなことはわかっているといいたくなりながらも、俊輔が答えた。

 そんな平行線な会話がずっと続いた。ジャーディンは折れるしか無かった。
「わかった。すぐに帰国するのでいいか」
「ありがとう」
 二人は声を合わせていった。
「船の費用ことだ。蒸気船はこれだけ、帆船ならこれくらいだ。どうする」
 聞多と俊輔は選択の余地はなかった、費用の安い帆船でお願いすると言った。帰国の日は10日後とされた。
「英語もかなりうまくなったのに、勉強もこれからというときにもったいない」
ジャーディンは残念そうに言った。
「平和になったら今度こそじっくり勉強をしに来ます」
聞多がにっこり笑いながら言った。
「またお会いしましょう」
聞多と俊輔はジャーディンと握手して別れた。
 帰国の準備に二人はいった。とはいっても、着替えと多少の本、鉛筆などの筆記用具とちょっとした荷物ぐらいだった。


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