見出し画像

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#60

13 貨幣の重み(1)

 木戸が長崎を去った頃、キリシタンの送致に気づいた外国の公使たちが抗議に押しかけてくるということもあり、なかなかこの問題も静まることができなかった。
 その上資金不足が顕著になってきた。新政府になって一番の問題は金がないこと。東北の会津や佐幕藩の征討についても、金がなく軍を動かせない状態があった。少しでも政府に金を作ろうと、太政官札を運用してみた。しかし使える地域は限られていた。
 征討しなくてはいけない地域というところは、当然のごとく使用できない。正貨と言われる銀貨・金貨を使うしかなかった。そういった金は商人などから上納させるしかなった。といった風で変わると言っても、よい方向に変わるわけではなかった。
 聞多が木戸に依頼していた、唐津の炭鉱等を長崎府の管轄下に置くことや、製鉄所の経営の件も進まず、何度も要請の文を出していた。少しでも状況を改善するため、贋金として押収した金銀を材料に長崎で改鋳したいと言うことも上申した。
 これは中央で一括してやるべきと却下されてしまった。それならと、外国から金を借りてきちんとした機械を買って一分金や二分銀を作ったらどうかということを、グラバーと相談して上申をしたりもしていた。
 そんな中ようやく、念願の製鉄所の御用掛に任命された。いっそのこと専従できないかと考えたが、佐々木や町田、松方も県知事に任命されて長崎を去っていったのでそんな自由もなかった。
 幕軍との戦争も江戸が無血開城され、慶喜が水戸藩預かりになり、戦場が東北に移っていった。九州から東北に軍を派遣することになり、そのための資金集めに奔走し、どうにか送り出すことができた。
 目の前のことをこなすことでいっぱいだったとき、やっと天草や肥前などが長崎府に直轄となり、炭鉱を手に入れることができた。これで、運営資金を調達しやすくなった。そんな中、貨幣や財務の問題に関して、大阪に出張することになった。
「木戸さん、唐津のこと無事希望通りになり、ありがたく思ってます」
「すまん、許可に時間がかかって。そうじゃ明日には改元の詔勅もでるぞ」
「もうひとつ、聞多に伝えておきたいことがある」
「なんですか」
「佐渡の県知事にならないか」
「佐渡ですか」
「俊輔も兵庫県知事になっておる。聞多も知事をやるべきだ」
「考えさせてください」
聞多はそう言うしかなかった。
 大阪からの帰り、久々に山口の実家に寄った。兄嫁が先日亡くなり、母が三人の男の子の面倒を見ていた。看病疲れもあって、母は床に伏していた。ここにいられる数日の間でもと看病に努めた。近況を聞かれたが、長崎で頑張っているとしか言えなかった。やはり佐渡は遠い。
 下関でもう一つ用事があり、会っておかねばならない人がいた。
「はるさん、おるか?」
「あぁ、旦那さん。お待ちしてました」
「随分腹が目立つようになったの」
「はい、元気でええです。時々腹を蹴り寄ります」
聞多は、はるの大きくなった腹をなでた。
「元気なら何よりじゃ」
「旦那さんのおかげです」
「わしは、長崎からそうは動けんが、困ったことがあれば、吉富簡一を頼ってくれてええんじゃよ」
「はい」
「それでは、また来るから」
あっけなく帰っていく、聞多を見送った。
「妻にするとも妾とも言ってくれんかった。あまり好かれておらんのかな」
はるの目から涙がこぼれていた。
「家族を持つのか。一度切り捨てて壊したものを。しかも悪夢から逃れるために利用していた」
 聞多には実感が持てずにいた。はるは愛らしかったし、手に入れたいと思った。でも、手に入れた瞬間物足りなさが心を冷えさせた。あとは惰性と義務感みたいなもので、ここまで来てしまった。彼女とどう過ごすのではなく、逃げたいと思ってしまう己がいた。
「勝手なものじゃの」
 下関で俊輔と岩倉に「佐渡県知事は山口の家の都合もあり赴任が難しく、長崎で留任させてほしいと願っている」と文を書いた。その結果赴任することなく佐渡県知事を免じられて長崎府判事に復任することができた。

サポートいただきますと、資料の購入、取材に費やす費用の足しに致します。 よりよい作品作りにご協力ください