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カニクリームコロッケが引き合わせてくれたもの

はじめて銀座の木村屋の3階にある洋食屋に行ってきた。

その時のわたしの頭の中は、
とにかく美味しいカニクリームコロッケが食べたい!!!
であった。

コロッケと名がつくものはなんでも好きだが、最近は特にカニクリームコロッケがお気に入りだ。
一口齧ると衣の中からクリームが溢れ出てくる感じと、カニとクリームがコラボしたあの上品な味がたまらない。なんだか食べているわたしまで上品になったように感じる、特別感のあるコロッケなのだ。

用事があり珍しく銀座に来たわたしは、
どうせ来たならば銀座ならではの高級カニクリームコロッケを食してやる!
と思い、お店を探すことにした。
ぶらぶら歩きながら探していると、木村屋の看板が目に入った。
木村屋といえばあんぱんが有名だが、2階にはカフェが3階には洋食屋がある。1階のパン屋さんの真横にある洋食屋の看板が目に入り、それがなんとまあ上品な味がしそうなカニクリームコロッケが載せられていること。
一目見て、絶対ここのカニクリームコロッケが食べたい!食べてやる!と思い立ち、すぐさま3階へ駆け上がり受付の紙に名前を書いた。

10分くらいして席を案内してもらった頃には、もうお腹がぺこぺこで幻覚でも見えそうな勢いであった。
丁寧にメニューを渡してくれた店員さんに、ありがとうございますの思いを込めて微笑みながらぺこりと軽くおじぎをすると、すぐさまメニューをひらき、お目当てのカニクリームコロッケを探しだした。
パラパラとメニュー本をめくっていると、左上方に、
「アッシ・パルマンティエ」という名前の料理を見つけた。写真付きだった。

その料理の名前は、東京グランメゾンというドラマで登場した裏漉ししたポテトと細かく切ったお肉を使った料理で、そのドラマにとって割と重要な(と思われる)シーンでつかわれていた思入れのある料理だった。その回は玉森くんの演技が素晴らしくて、思わずもらい泣きしたことまでしっかりと思い出した。
マッシュポテトなどの裏漉ししたポテト料理が大好きなわたしは、そのドラマを見た時、『こんな美味しそうな料理がこの世にあるんだ。見かけたら絶対食べたい!』といつか食べられることを夢見ていたのだった。

その料理が、ここにある。
いつか食べてみたいと憧れ、空想の中でなんど頬張ったかわからない、高級フレンチにしかないと思っていた(ドラマが高級フレンチ店を題材としていたので)あの料理が、目の前のメニューに、ある。

気づいた時には店員さんを呼び、料理を注文していた。
あんなにカニクリームコロッケに執着していたのに、その存在を拝むことなくアッシュパルマンティエを注文していた。軍杯は見事、アッシュパルマンティエに上がったのだった。

わたしは楽しみにしすぎると、写真を撮ることを忘れて食べてしまう人間なので、料理をお見せできなくて心苦しいのだが、見た目はグラタンに似ていると思う。
お皿には角切りに切ったベーコンのようなお肉と、ミニトマトと、ズッキーニと茄子(だと思われる)をこんがり焼いたものが敷き詰められていて、その上に裏漉ししたポテトがたんまり乗っかっていた。味付けは塩と胡椒は入っているのはわかるのだけど、他はなんのソースが使われているとかはちょっとわからない。でも間違いなくとてつもない幸福の味がした。

うまい。
うますぎる。
これが、アッシュパルマンティエなのか。

味付けがとても丁寧。1口食べただけで何かが濃すぎることも薄すぎることもなく、絶妙な加減で味付けをされている事がわかるくらい丁寧で繊細な味付けだった。ポテトの舌触りはツルツルふかふか。一口食べるたびに『幸福』という文字の花火が頭の中で弾けた。

その日はわたしは寝不足で、体調もあまり良くなかった。前の夜に嫌な考え事が止まらなくて何ヶ月かぶりに頓服薬を飲んだし、気分も最悪だった。

でも、このアッシュパルマンティエという美味しい料理は、「はて?嫌な気分だったことがあったかしら?」となるくらい、嫌な気分を忘れさせてくれるというより、吹き飛ばしてしまうくらいの力があった。
スプーンで掬うたび、口の中で頬張るたび、咀嚼するたびに『幸福』という文字が弾け出す。幸せホルモンがビッシャビシャに溢れて止まらなくなった。食べれば食べるほど、幸せが溢れかえり、嫌な気分は霧の如くいなくなる天にも上るような料理だった。

お店を出る頃には、あまりにも幸せでいっぱいで、ほぅっとため息をついてしまった。そしてあまりにも美味しくて、このお店でご飯を食べられたことが幸せで、手帳を破ってファンレターまで書いてしまった。

手紙を書いてしまうほどの幸せを味わえたのは、美味しい料理の力はもちろんだが、それだけではない。お店を回してくれているホールスタッフさんのおかげでもあった。木村屋のスタッフさんは、わたしたちお客が声を出して呼ぶ前に、目線で気がつき声をかけてくれる。かといって常にギラギラと目を光らせているわけではなく、ただ静かにそこに居て、視線を敏感にキャッチしてくれる。そして注文をとる時には中腰になって目線をそろえ、穏やかな話し声で、でも確実に聞き取れる音量で注文を確認してくれる。必要以上に店内をウロウロしたりしないから気が散ることなく食事に集中できる。まさにパーフェクトな接客だ!!!と感動した。

お客さんに威圧感を与えない接客って、素敵だし理想だしとても好きだ。
でもすごく難しいことだと思う。わたしも接客の経験はあるけれど、何時間も立ち仕事をする中、注文が混雑してパニックになる中、お客さんに圧を与えず変わらず穏やかに接客することは無理だった。どうしても顔にでてしまう。
『店員側の疲れ、焦りを感じさせず、どんな時でも穏やかに丁寧に接する。』これが多分接客の基本だ。でもそれをずっと守って何時間何日と働くのって、本当に難しい。相当な経験と思考と研究が必要で、木村屋洋食店の人たちは、それを完璧にマスターしているように見えた。

それから家具と空間の使い方も素敵だった。
うつ病になってから気がついたのだけれど、隣の席が近すぎると聞きたくない人たちの聞きたくない会話が聞こえてしまって全くリラックスできない。それどころか直接耳に会話が入ってくる感じが苦痛すぎてお店にいられなくなってしまうこともあるので、席と席の間の設計ってめちゃくちゃに大事だ。
それから、椅子やソファの座り心地もめちゃくちゃ大事。
食事でお店に入ると、短ければ10分、長ければ1時間以上滞在することもある。その間の座り心地が悪いと体がどんどん硬くなってしまい、そこに座り続けることが苦痛になる。そうすると「料理の味」だけではなく「なんだか姿勢が辛い」という思考が浮かんできてしまい、「料理は美味しいかもしれないけどなんか居心地が悪い店」という印象を持たれてしまう。そして人は、居心地が悪いお店はあまりリピートしない。
なので、お店の家具選びや机と机の距離感というのはとても重要になってくる。絶対に売り上げに関わる。

その2つが見事にわたしの好みドンピシャだった。
席と席の間はそんなに遠いわけではない。でもちょうど会話が気にならない程度の距離感。椅子もガタガタと揺れないし、素材も硬くないけど柔らかすぎず、1時間は座っても疲れないようなものだったので、そういう面でもとても居心地が良かった。

わたしたちはお金を使って幸せな気持ちを買っている。
ご飯でも洋服でもなんでもそうだ。例えびっくりするほど高くても、その分の幸せを買う価値があると思うものなら満足するし、むしろこの値段でいいの!?と思うような出来事もある。また逆も然りだが。

わたしは木村屋に行って嫌な気持ちが0になったどころか、幸せな気持ちが100上がった。そんなお店に巡り会えるなんて滅多にあるものではないし、素敵なお店を見つけられてとても満足だ。まさにお値段以上の買い物をしたと思う。絶対にまた友達や家族を誘って行く。1人でももちろん行く。銀座に行くたびに、できれば毎回寄りたいと思ってる。

そんなお店を巡り合わせてくれたカニクリームコロッケ。
ありがとうと感謝の気持ちを送りつつ、次回来た時は必ず食べるよということを胸に誓った。


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