【AIがすべての芸術を生み出すようになった社会】第7話

 ――三年後。2223年。

「青山二葉特別刑務官」
「はい」

 警邏庁所蒐集課付属特別刑務班の班長となった青山は、課長である小此木朝霞おこのぎあさかの前に立っていた。黒縁眼鏡の小此木も、元は特別刑務官だったという。

 特別刑務官は出世すると、警邏庁ひいては国の中枢を司る評議委員会に近しい場所にいける。青山は、第一種指定犯罪事件により没した両親の死因について知りたいがために、その機密情報を閲覧可能な階級まで出世したいと考えている。元々それは、兄である一紗も同じ考えであり、二人で決めたことでもあった。

「君に今日から担当してもらうのは、元々君の兄上が担当していた特務級の感情表現者――芸術家である篝朔だ。君の兄上の事件の後、特別監置所で拘束していた。今回、解放し、君の配下とする。くれぐれも、私情を挟むことの無いように」

 三十六歳の小此木は、外見よりも老成して見える。
 少なくとも二十八歳の青山にはそう感じられた。

 指示を受けたその足で、青山は特別監置所へと向かう。仰々しい一般刑務官からの挨拶もそこそこに、独房と呼ぶに相応しい場所に向かう。それは地下十五階にあった。進んでいくと、椅子に拘束されている女性の姿があった。

 ――篝朔、二十三歳。

 芸術家カテゴリは、小説家である。元々は同じ更生施設の児童・生徒・職員を、大量虐殺した殺人犯だが、当時の記憶が曖昧な事で錯乱状態だったという司法の判断から減刑され、さらにAIが特別刑務官のバディ適性を認めたために、今ここにいる。殺戮が行われた御堂学園において、生存者はただの二人だけだと青山は聞いていた。

「篝朔だな?」
「……」
「ああ、答えることは不可能だったな。監視官、拘束具を外してくれ。篝、立て」

 青山が感情の見えない声で告げると、周囲の監視官が、篝の拘束具を遠隔操作で外した。するとビクリと体を揺らしてから、篝が立ち上がる。その足取りは、端から見ていてもおぼつかない。

 自発意思での歩行では無いからだ。
 首輪が、進退動作を掌握し、足を動かしているに過ぎない。
 思考を奪う薬も投薬されている。

 こんな状態でも人と呼ぶのに、ただ脳が死んだだけで、兄は人権を奪われようとしている。それが、青山には不思議でもある。

「投薬段階をフェーズ3まで弱めるように。徐々に歩行を俺の制御下のもとにかぎり行えるように電気信号制御を変更してくれ」

 まるでアンドロイドだ。いいやAI搭載型のアンドロイドだってもっとマシに動く。
 青山は無表情で、篝を見てから踵を返す。

 黒い髪は長く伸びていて、俯いているから顔が見えない。

 長身の青山から見れば、篝の背は低く、ギリギリ百五十センチあるかというところだ。目測だが、そのくらいだろう。体躯は細い。あれで果たして、本当に芸術家を排除できるのか。いいや、本人も危険な芸術家なのだから、侮るわけにはいかないか。そう考えながら青山は焦げ茶色の前髪を後ろに撫でつけた。


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